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国民皆保険に向けた中国の医療体制改革

発行日 2009年4月17日

主席研究員 金 堅敏


新医療制度改革の理念:国民皆保険

  • 2009年4月6日に中国は、「医薬衛生体制改革の意見」と「医薬衛生体制改革の中期重点実施案(2009~2011年)」を公布して新医療制度改革をスタートさせた。賛否両論が激しく対立していたこれまでの市場化に向けた医療制度改革の失敗を認め、新医療制度改革は、医療衛生事業を公益性と位置付け、国民皆保険という基本医療衛生制度を公共財として全国民に提供することを基本理念としている。
  • 1980年代後半まで中国は、社会福祉としての公費医療制度(農村戸籍を除く)の下で患者は無料で医療サービスを受けることができ、医療機関もすべて非営利の公立機関であった。その後、財政難に直面した中国政府は、社会福祉としての医療制度から社会保険としての医療保険制度への移行を試み、公立病院への財政支出を次第に削減して独立採算事業体への改革を進めてきた。その結果、公立病院であっても企業と同じように非営利性から利益追求団体へと変わってしまった。過度な「市場化」政策の下で医療機関は、正当な医療コストにとどまらず収益も患者の医療費から上げるようになった。医療費は一般庶民にとって高すぎた。また、もともと不足していた医療人材は収益のよい大病院に集中し、末端の医療システムは破たん寸前となった。大病院は混雑し一般庶民は診療を受けられなくなった。
  • 中国国家統計局の調査によると、「看病難、看病貴」(医療費が高すぎて、診療を受けられない)という医療問題は、中国の社会問題のトップとなってしまい大きな社会不安定要因となった。民生重視、バランスのとれた社会の実現を標ぼうする胡錦濤政権はこのような医療改革を最優先課題として2006年ごろから取り組んできたが、国家か市場かの理念論争とともに利害関係が複雑で改革案は絞り切れなかった。昨年秋にはじまった金融危機は、中国政府に内需主導の経済成長モデルへの転換を促し、消費を妨げる重要な要素である医療問題の着手をスタートさせた。

新医療制度改革の内容

  • 新医療制度改革は、2009年から2011年に90%の国民をカバーする医療保険制度の基本枠組みを構築する中期目標と2020年にすべての国民をカバーする完全な医療保険制度を確立する長期目標を掲げている。
  • 2009年~2011年の三年間では、1)基本医療保障制度の確立、2)国家基本薬物制度の構築、3)末端医療衛生サービスシステムの再構築と健全化、4)基本公衆衛生サービス漸進的な均等化の促進、5)公立病院改革の推進、という五つの重点分野に取り組む。1)医療保険カバー範囲(人口と医療内容)の拡大(現在2億人以上が医療保険にカバーされていない)や保険支払水準の引上げ、2)国が基本薬品を認定し、これらの基本薬品を薬価の規制や流通の簡素化により低価格で提供することによって医療の「高すぎる」問題を解決しようとしている。他方、3)2,000ヵ所の県レベル病院(規模は日本の市相当)と2.9万ヵ所の郷鎮クリニックセンター(日本の町村相当)等の設立や設備の配置及び200万人前後の医療要員の研修を進めることによって大病院に行かなくても診療を受けられるようにする。4)では予防接種、国民健康記録システムの整備、中央テレビ局健康専門チャンネルの設置などを通じて病気の予防を推進する。5)については公正と効率を兼ねた公立病院の改革を推進し、医療施設の民営化、公益医療分野への民間資本の進出、医師の兼業や独立などを奨励することになっている。
  • 中国政府は2009年~2011年までの三年間で主に以上の五つの重点プロジェクトに総額8,500億元(約12兆円)の財政支出を行うとしている。総額のうち、中央政府と地方政府はそれぞれ3,318億元と5,182億元を支出するが、中央政府の支出比率が大幅に拡大される。実際、2009年にすでに1,181億元(2008年比38.2%増)の中央政府予算が計上されている。また、8,500億元のうち、2/3(5,667億元)は需要サイド(患者側)に支出され、供給側(医療機関)への支出は約2,833億元となる。温家宝首相の記者会見によると、この8,500億元の支出は金融危機への対策としての4兆元投資とは別の予算である。

中国の医療制度改革による外資企業への影響

  • 中国の医療制度改革は、中国市場をターゲットにしている一般外資企業、外資製薬会社、外資系病院、医療機器やITサービス企業などに様々な影響を与えると考えられる。
  • マクロ的には、医療制度改革の成功により消費者の医療を含む消費支出が拡大されると、中国市場への機会が増える。また、医療改革によって医薬品やサービス市場のパイが拡大されると医療関係のビジネスも増えるだろう。また、近代的な医療保険制度を支えるインフラとしてのIT市場も生まれる。実際、IBMは2009年~2011年の3年間で最低15億ドルの医療関連ソフト市場が生まれると見込んで対中医療ビジネスに動きだしている。
  • ただし、海外では、新制度改革により、「薬品価格の低下」や「現地の医療事情に合った設備の導入」などが予想され、地場企業に有利な環境が政策的に形成されることを懸念する声も聞かれる。