安易な元安誘導はキャピタル・フライトを誘発する
発行日 2008年12月19日
主席研究員 柯 隆
景気後退局面の為替政策
- 2005年7月人民元が米ドルに対して切り上がって以来、緩やかな上昇ではあるが、一貫して元高傾向を続けている。人民元が切り上がる背景には、順調な経済成長と貿易黒字の拡大という良好なファンダメンタルズがある。むろん、通貨の切り上げは輸出製造業にとってマイナスの価格効果により国際競争力の低下をもたらすことになる。
- 事実、人民元が切り上がって以来、玩具や靴などの低付加価値輸出製造業はいくらか影響を受けた。とくに、今年に入ってから、グローバル金融危機により沿海部の中小輸出製造企業の倒産が相次いでいる。
- 10月30日現在、中小の輸出製造業は65,000社倒産し、2,100万人の出稼ぎ労働者は職を失った。ほとんど社会保険に加入していない出稼ぎ労働者にとって失業というのはまさに死活問題である。したがって、中国にとって輸出製造業の温存は単なる成長率の維持だけでなく、社会の安定を図るうえで不可欠である。しかし、このタイミングで人民元を切り下げれば、国際貿易を立て直せるかどうか明らかではない。逆に、キャピタル・フライト(資本逃避)を誘発してしまう恐れがある。
- これまで中国経済の良好なファンダメンタルズを見込んで投機的なホットマネーの流入がずっと続いてきた。それは中国市場での過剰流動性発生の一因になっている。具体的にホットマネー流入の動機をみると、人民元切り上げの為替差益の享受と不動産投資などのキャピタルゲインが目的である。
- 2005年7月以降、人民元の対ドル相場は累計で20%ぐらい切り上がった。不動産も07年まで上がり続いていた。今年の下期に入って、金融危機が全世界に広がったなかで、中国経済は依然9%の成長を続けている。それを背景に、ホットマネーが中国に止まり、今のところキャピタル・フライトが起きていないことがある。
為替の安定と為替レジームの改革
- しかし、仮にこのタイミングで人民元を切り下げ、市場において元安期待が強くなれば、間違いなく大規模のキャピタル・フライトが起きる。そうなると、中国経済の成長率は最高2ポイント落ち込み、景気後退と失業の深刻化により社会も不安定化する恐れがある。
- 現状において、中国にとってやるべきことは人民元の切り下げではなく、為替の安定を図ることだ。金融危機下の世界経済はまさに有事であり、拙速に大幅な為替調整を行うと、市場はいっそう動揺してしまう。この点は97年のアジア通貨危機当時の経験からすでに明らかになっている。
- 他方、現在の為替レジームの欠陥として市場メカニズムはほとんど機能していないことである。したがって、為替レジームの改革も急務である。
- 05年までは、人民元はドルに対してペッグしていた。それ以降、「通貨バスケットを参考にして為替相場を決定する」為替レジームになっている。しかし、参考にするといっても、日々の為替相場の形成をみると、ほとんど人民銀行(中央銀行)の外貨管理局がその水準を直接決定している。市場では、元高期待が崩れない限り、外貨の流入が続くものと思われるが、為替相場の形成が恣意的になりがちである点は市場の不安定性を増幅している。
- 結論的に、道半ばにある金融制度改革と開放されていない資本市場の脆弱さを考えれば、中国にとって比較的理想な為替レジームはシンガポールのような通貨バスケットに連動したカレンシーボードである。バスケットの中身(構成通貨のウェイト)を明らかにする必要はなく、外貨管理局はインプリシット(暗黙)の目標を持って、そのウェイトを調整することができるようにする。カレンシー・ボードのメリットは為替相場が調整可能だが、ボラティリティが大きくない。何よりも、市場では為替投機が起きにくいことが最大のメリットであろう。
