中国経済四半期報告(2007年第2四半期)
上席主任研究員 柯 隆
1. 1期目の胡錦濤政権の政策回顧
10月に5年に一度の党大会が開かれるが、2期目に入る胡錦濤政権はどのような新しい政策を実施するかについて注目を集めている。ここで、これからの胡錦濤政権の政策課題を検討する前に、まず、これまでの5年間、すなわち、1期目の胡錦濤政権の政策運営を振り返ってみよう。
過去5年間、胡錦濤政権にとっての最大の難題は国内の経済改革を推し進めなければならないが、同時に、世界貿易機関(WTO)加盟(2001年12月)に伴う市場開放も実行していかなければならなかった。市場開放下の経済改革は中国国内の事情だけでなく、グローバルの要因も考慮しなければならないという難局に直面する。
振り返れば、胡錦濤政権は江沢民政権の「上海閥」の制約を受けていたため、1期目において独自色を十分に出し切れなかった。同時に、経済成長を追及するあまり、格差の拡大、資源の無駄使い、環境破壊の深刻化といった構造問題が急浮上してきた。さらに、民主主義的な政治改革が遅れ、共産党幹部の腐敗がはびこり、それに対する国民の不満は増幅する一方である。
図1 中国における消費者物価指数の推移(2001~07年8月)
(資料)CEIC
胡錦濤政権を取り巻く内外の環境をみると、種々の要因が複雑に絡み合って、どこから着手したらよいか、そのシークエンス(順序付け)が模索されている。国民の不満の爆発を恐れる胡錦濤政権は「和諧」(調和の取れた)社会の構築と「科学的発展観」の確立を提唱し、これが胡錦濤理論と称賛されている。
しかし、長期的な国づくりのビジョンが示されても、それを実現するロードマップ、とりわけ、目先の難問をどのようにして解決するかは依然不透明である。国内の過剰貯蓄と海外から流入する「熱銭」(ホットマネー)を背景とする過剰流動性は10年ぶりのインフレーションをもたらしている(図1参照)。これはバブルを崩壊させ、景気をハードランディングさせる火種になりそうだ。
2. 米国サブプライム問題からの警鐘
さる8月28日、中国共産党中央政治局は定例の学習会を開いた。その主な議題は金融システムの安全性確保と金融リスクマネジメントの強化である。胡錦濤国家主席自らが出席したこの学習会では、国務院発展研究センターの巴曙松研究員と銀行業監督管理委員会のアナリスト李伏安はそれぞれ世界の金融情勢と金融制度改革の深化について報告した。それを受けた形で、胡錦濤国家主席は「金融システムの重要性と緊迫性を認識し、金融業の競争力とリスクヘッジ能力を強化し、健全に発展させる」との談話を発表した。
なぜ胡錦濤国家主席はこのような談話を発表したのだろうか。第1に、金融制度改革の加速を促すためである。第2に、アメリカのサブプライム問題の中国への波及を心配して、リスク管理の強化を求めたのである。第3に、景気過熱が指摘されて久しいが、未だに有効策がとられていないことに対する不満の現れである。とはいえ、温家宝総理の所管事項である金融情勢について国家主席が直接言及するのは異例なことであり、温家宝総理への圧力とみられる。
ここでとくに指摘しておきたいのは、アメリカで起きたサブプライムローン(信用力の低い低所得層の住宅ローン焦げ付き)問題である。中国の銀行によるサブプライムローン関連の投資が100億ドル強と報告されている。中国の銀行の信用力と資金力から考えれば、それほど大きなダメージではないが、重要なのはサブプライム問題からの警鐘である。というのは、中国でもサブプライム問題に似たような信用不安が起こりうるためである。
3. 中国版サブプライム問題の可能性
中国では、都市部の不動産価格が急騰したのは2003年ごろからである。一般的に、家計にとっての適正な不動産価格は年収の6倍前後とされている。しかし、現在の不動産価格は家計年収の20倍から40倍にも達している。にもかかわらず、さらに上昇するだろうという期待から、投機的な不動産投資は依然衰えない勢いである。
問題はそれだけではない。資産価値が上昇した不動産を担保に、国有銀行を中心とする商業銀行から新たな資金を借り入れ、それを株式投資に投じる動きが盛んになっている。その結果、06年上海証券市場の株価指数は130%も上昇した。07年に入ってから、株価はさらに上昇している(図2参照)。株式市場の活況は低所得層を巻き込んだ形でバブル化している。
図2 上海証券市場と深セン証券市場の株価指数の推移(1990~2007年8月)
(資料)CEIC
かつては、国有企業を中心とした組織が年金や健康保険などの社会保障制度の役割を果たしていた。「改革・開放」政策以降、国有企業改革によって従来のセーフティネットが壊れてしまった。それに代わる市場型の社会保障制度が再構築されていないため、低所得層は老後の生活資金を稼ぐ株式投資を行っている。
5月に、証券会社で登録されている口座数は1億を突破し、現在も1日25万口座ずつ増えている。かつて、家計にとって銀行預金は唯一のポートフォリオセレクション(資産選択)だったが、現在、株式投資は財産を増やす重要な手段であり、長期的な見通しは分からないにしても、短期的には株価は上がることがあっても下がることはない、と楽観視されている。名目上、家計のバランスシートが貯蓄超過になっているが、不動産バブルと株式バブルが崩壊すれば、多くの家計は赤字に転落すると予想される。これこそ胡錦濤政権にとって最大のリスク要因であるのかもしれない。
4. バブル崩壊のシナリオ
アメリカ経済の先行きが不透明になっているなかで、世界の過剰流動性は中国に集中している。日本銀行としては金利を引き上げ、過剰流動性の偏在を是正すべきだが、内需不足と米国経済への依存という構造転換が不十分であるため、利上げの実施が先送りされている。日銀の金融政策の独立性が制度的に保証されているが、参院選に惨敗した自民党の立場をまったく考慮しないわけにはいかない。当面は利上げを実施できない状況が続く。
一方、中国は市中の過剰流動性の吸収に苦戦している。アメリカの連邦準備理事会(FRB)はサブプライム問題で利下げに動いているため、人民銀行(中央銀行)は思い切った利上げを実施することはできない。預金準備率はすでに12.5%に引き上げられ、これ以上引き上げる余力が限られている。商務部の予測によると、07年の貿易黒字は世界一になると予測され、国内のみならず、海外からの過剰流動性の集中も依然続いている。政策当局にとって過剰流動性を直接吸収しても、その効果が限定的である。重要なのは投資家の投資マインドを変えることである。
内外の投資家の楽観的な投資マインドは北京五輪と上海万博など国際的なイベントの失敗を恐れている中国政府の弱みを見抜いているためである。事実、政策当局は景気のハードランディングを恐れ、小手先の政策しか実施できない。すなわち、これらの国際イベントが終わるまで、中国政府は株価の暴落を回避するための措置をとるとみられている。
では、この先、資産バブルが崩壊するとすれば、どのようなシナリオが考えられるのか。
第1の可能性はインフレーションが再燃し、実質金利はマイナスになり、短期的に景気がいっそう過熱するが、バブルの崩壊が予想される投資家は自ずと投資を控えるようになる。したがって、政策当局にとって目下の政策の重点はインフレ抑制にある。
第2の可能性は資産価値の上昇が行き過ぎれば、自ずと反落するようになる。家計の購買力に比べ、現在の不動産価格は明らかに高すぎる。上場企業の株価も企業の経営業績に比べれば、ここまで上昇する理由はない。資産価格上昇のターンニングポイントはそれほど遠くないはずである。
第3の可能性は外資による売り込みをきっかけに、国内の投資家の売りも殺到するということである。現在、外資による合法的な証券投資は適格な機関投資家(QFII)の形で300億ドルに限定されている。そのほかに、イリーガルな形で中国に流入している熱銭は最低でも3,000-4,000億ドルに上るといわれている。これらの外国の投資ファンドは利益を実現するための売りに転じれば、市場の崩落をもたらすことになる。
何よりも、中国市場の脆弱性として機関投資家が不在し、投資家の95%以上は小口の個人投資家であるということだ。株式の長期保有よりも一攫千金を目的とするこれらの個人投資家は企業の財務状況や経営業績よりもちょっとした値動きをみて、すぐに売買を行い、ターンオーバー(転売)率は異常に高い。中国の証券市場は構造的に不安定化しがちであり、投資家、上場企業と政府の間で信用関係が構築されていない。
上で指摘した胡錦濤国家主席の談話はまったくの杞憂ではない。「改革・開放」政策は、中国経済を離陸させた。しかし、信用秩序の確立が実現されておらず、名目的にGDPは毎年10%以上成長しているが、ちょっとしたきっかけで市場が混乱に陥れば、人々の不信感と不満が爆発し、深刻な社会不安を引き起こす恐れがある。
5. 2期目の胡錦濤政権のチャレンジと課題
マクロ経済発展をめぐる一つのトリックとして、統計上のマクロの経済成長は必ずしも国民一人ひとりの生活レベルの向上を意味しないことがある。同様に、株価指数が10%上昇しても、すべての個別銘柄が10%上昇するとは限らない。しかし、逆に経済成長がスローダウンすれば、ほぼ全員が痛みを感じ、不利益を被ることになる。なぜならば、上昇気流に乗った好景気時、その期待収益のほとんどが実現されていない含み益であり、気分的に得しているだけである。しかし、バブル崩壊による痛みと不利益は気分的なものではなく現実なのである。
ここで、胡錦濤政権は全国民に対して気分的に得しているものを現実に変えることができるかどうかが重要なポイントである。2期目に入る胡錦濤政権にとり、10月の党大会で上海閥を一掃し、自らの政策を実施できる環境づくりと人事配置が行われる。現在の経済構造上の歪みはかなりの部分が共産党一党支配の政治体制と自由競争を標榜する市場経済とのねじれによるものである。したがって、胡錦濤政権はどこまで踏み込んだ政治改革を行えるかが注目を集めている。
経済政策について、自由な競争を保証する市場開放はすでに逆戻りできない段階に来ているが、問題は低所得層のボトムアップと生活保障の充実である。とくに、所得再配分の税財政システムが十分に機能していないため、自由な市場競争と経済のグローバル化は所得格差を拡大させる一方である。
目下の過剰流動性による景気過熱とインフレーション再燃の問題をいかに克服するかについては、小手先の政策は機能しないため、金融政策の自由度を確保し、市場の規律を強化するための制度改革を実行していかなければならない。幸いなことに、中国では投資と貯蓄のバランスが取れており、ヘッジファンドなどの投機筋のアタックを防ぐ防波堤が完全に崩れていない。胡錦濤政権にとって今は国内の制度改革と景気のソフトランディングを図る経済政策を実施する最後のチャンスであるかもしれない。
別表 中国経済主要指標(2001~2007年2Q)
| 単位 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007.2Q | |
| 実質GDP成長率 | 前年比、% | 7.3 | 8.0 | 9.5 | 9.5 | 9.9 | 10.7 | 11.5 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 改定後のGDP | 〃 | 8.3 | 9.1 | 10.0 | 10.1 | 9.9 | 10.7 | 11.5 |
| 第1次産業 | 〃 | 2.8 | 2.9 | 2.5 | 6.3 | 5.2 | 5.0 | 4.0 |
| 第2次産業 | 〃 | 8.7 | 9.9 | 12.5 | 11.1 | 11.4 | 12.5 | 13.6 |
| 第3次産業 | 〃 | 7.4 | 7.3 | 6.7 | 8.3 | 9.6 | 10.3 | 10.6 |
| 固定資産投資額 | 〃 | 13.0 | 16.1 | 26.7 | 27.7 | 25.7 | 25.9 | 25.9 |
| 不動産投資 | 〃 | 27.3 | 21.9 | 29.7 | 30.3 | 19.8 | 25.4 | 28.5 |
| 小売総額 | 〃 | 10.1 | 8.8 | 9.1 | 13.3 | 12.9 | 13.7 | 15.4 |
| 輸出入総額 | 〃 | 7.5 | 21.8 | 37.1 | 35.7 | 23.2 | 23.8 | 23.3 |
| 輸出 | 〃 | 6.8 | 22.3 | 34.6 | 35.4 | 28.4 | 27.2 | 27.6 |
| 輸入 | 〃 | 8.2 | 21.2 | 39.9 | 36.0 | 17.6 | 20.0 | 18.2 |
| 貿易収支 | 億ドル | 225 | 304 | 256 | 320 | 1,019 | 1,775 | 1,125 |
| 直接投資契約金額 | 前年比、% | 10.9 | 19.6 | 39.0 | 6.3 | 24.0 | ▲6.7 | n.a. |
| 実行金額 | 〃 | 15.1 | 12.5 | 1.4 | 13.3 | -0.5 | 2.1 | 12.2 |
| 外貨準備 | 億ドル | 2,122 | 2,864 | 4,033 | 6,099 | 8,189 | 10,663 | 13,326 |
| 消費者物価上昇率 | 前年比、% | 0.7 | -0.8 | 1.2 | 3.9 | 1.8 | 1.9 | 3.2 |
| マネーサプライM2 | 〃 | 17.6 | 16.8 | 19.6 | 14.6 | 17.9 | 16.0 | 17.1 |
| 実質収入:農村住民 | 〃 | 4.2 | 4.8 | 4.3 | 6.8 | 9.6 | 10.4 | 14.2 |
| 都市住民 | 〃 | 8.5 | 13.4 | 9.0 | 7.7 | 6.2 | 7.4 | 13.3 |
| 都市部登録失業率 | % | 3.6 | 4.0 | 4.3 | 4.3 | 4.2 | 4.3 | 4.3 |
(資料)中国国家統計局
(注)2007年上期は速報値。


