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物議をかもし出したポールソン財務長官の中国責任論

2009年1月20日(火曜日)

退陣直前になった米国のポールソン財務長官が中国責任論を公言したことで中国が反発しているという。彼は米国政府の中でも最も中国寄りといわれ、頻繁に中国を訪れ、米中戦略対話の米国側議長でもあった。その彼が「悪いのは中国の過剰貯蓄だ」と言い始めたので、話題となったようだ。勿論中国政府は反発し、メデイアにも反論が載っている。

かつての日本と同じ

1970年代から米国との通商問題に関わってきた筆者には、かつての日米関係で起きた論争と二重写しに見える。日米通商交渉では、ダンピングやセーフガード、輸出規制、さらには日本市場の開放という個別商品に係わる問題と並行して、マクロの不均衡問題も議論された。一国の対外的黒字、赤字は国内の生産と消費の差額と同一であるという、経済学の教科書に出てくる恒等式に従えば、米国の経常収支が赤字ということは、米国は自国で生産する以上の消費を行っているということであり、健全ではない、だから悪いのは米国だ、ということになる。事実、日米構造協議や枠組み協議では日本政府はこのような主張をした。

しかし各国の黒字と赤字を全て合計すれば、世界全体では黒字と赤字は同額でゼロになる。したがって米国の赤字(過剰消費)が可能なのは、別の国、特に日本の黒字(過剰貯蓄)があるからで、それが無ければ米国の赤字もなかったはずだ、と主張することも出来る。クルーグマン教授を始め著名な経済学者が、日本の貯蓄性向が半分になれば世界経済の不均衡はすべて解消する、というようなことを声高に言っていたことを思い出す。今起こっている米中の論争は20年前の日米の論争と全く同じだ。

どちらが正しいのか。両方とも正しく、かつ間違えている。米国が自分で働いて生み出した以上に消費している、というのは否定しようもない事実だ。個人も国も借金依存の傾向が一向に収まらない。政府の財政はブッシュ政権発足時点ではほぼ均衡していたのに、その後のイラク、アフガン戦争で赤字が拡大した。米国の外交政策の是非はここでの議論の埒外だが、戦費の増大が確実なのに、減税を行ったのは明らかに間違っていた。

家計も借金体質を深めたが、これは住宅価格の継続的な上昇と、サブプライムローンという本来金を貸すべきでない人たちにまで無理にローンを勧めた、という米国の金融機関の誤りがある。そして、リスクを隠蔽した金融工学、格付け機関など、責任を取るべき人間は多数いる。

問題多い中国の為替政策

だが、中国は全く責められる点がないかと言えば、そうではない。中国側の弱みは為替市場に介入し、人民元の上昇を抑えたことである。その結果、中国の商品は低価格になり、米国市場に流入した。中国国民が貯蓄することを責めることは出来ないが、政府が市場に介入して人為的に対米輸出を支援していたとすれば、その政策は批判されても仕方ない。その結果、中国は大量の米国債権や株式を抱え込んだが、それらが昨年9月以降、大幅に値下がりして、中国にとっての損失となっている。米国のために損をさせられた上に、文句まで言われるのでは反発するのも当然だが、中国側にも責任はあるというべきだ。

最近の人民元の対ドル為替レートを見ると、相変わらず為替レートが一定に保たれており、中国政府が介入を続けていると見られる。要するに、中国は米国に資金を還流させることにより、相変わらずその過剰消費を可能にしているのだ。文句を言われるくらいなら、為替介入を止めれば良さそうなものだが、中国としても米国向け輸出がこれ以上減れば、国内経済が破綻する恐れなしとしない。既に沿岸部の輸出企業は壊滅的打撃を受けている。米国としても中国からの資金流入が減れば金利が上昇するなど、そうでなくても百年に1度の大不況がさらにひどくなる。両国とも現状を受け入れざるを得ないのだから、非難合戦を止めるべきであろう。

さらに1人当たりの所得が3,000ドル程度の中国国民が収入の4割も貯蓄しているのは、社会保障制度が全く機能していないからだ。頼れるのは自分の蓄えだけという状況下で国民が日常生活を犠牲にして貯蓄に励んでおり、それが大挙して米国に流れ、中国人の10倍もの高い消費生活を楽しんでいる米国人の借金を可能にしている、という姿は決して妥当なものと思われない。社会保障制度の充実など、中国はもっとやるべきことがあるはずだ。

中国と日本は米国市場への依存度を減らす必要

中長期的には中国は米国市場への依存度を徐々に減らしていくべきだ。2007年の中国の対米輸出はGDPの7%に達した。これは日本の対米輸出がピークに達した時の比率とほぼ同じである。アメリカがくしゃみをすると日本が風邪を引く、とよく言われたが、いまや同じことが中国に言える。今回の米国発の金融危機で中国がいかに影響を受けたかを見れば、それが決して誇張ではないことがわかる。中国では交通インフラや環境投資など、国内で優良な投資機会はいくらもある。余った貯蓄が国内投資に廻れば米国に向けて流出していた資金は減り、結果として米国の金利は上がることになるだろう。その結果、行き過ぎた住宅投資は抑えられ、米国における過剰消費も収まっていくはずだ。

米中のこのやり取りは決して他人事ではない。中国と同様、日本も大量の経常収支の黒字を抱え、過剰貯蓄を米国に流し込んでいた。中国が内需拡大に動き、日本が相変わらず黒字を垂れ流していると、今後は同じ非難を再び日本が受けることになる。特に危険なのは、日本の財界人の中に「これ以上の円高になったら政府が介入して円安方向に誘導して欲しい」という声が高まっていることだ。オバマ政権では中国の為替政策はより厳しい視点から監視される。日本が円安操作をすれば「近隣窮乏化政策」として当然厳しい批判が免れない。そのような安易な処方箋に頼らず、日本人のために日本の過剰貯蓄を活用するという、80年代からの古い課題を再び直視すべき時が来たと思う次第である。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など