金融危機が引き起こす地殻変動
2008年9月24日(水曜日)
ポールソンの見識と決断
9月20日、米国政府は7000億ドルを上限として不良資産を買い取る法案を議会に送った。日本のマスコミでは一様に慎重なコメントを掲げているが、アメリカのマスコミは「法案には幾つものミステリーがある」としながらも、議会の空気を「政府は原案作りに何日もかけるのではなく、何時間の単位で行うべきだということを議会のリーダーたちが望んでいる」と伝えていた。英語独特の表現でスピード重視を訴えている。もちろん、政府原案がそのまま速やかに承認される保証はない。税金を投入する以上、議会もいろいろな注文をつけているが決着を先延ばしするようなことはなさそうだ。慎重な見極めよりも、時間の経過による資産劣化の方に注意を払っている。
ブッシュ政権が経済に詳しいとは言い難いが、財務長官がGS出身のポールソンであったことはもっけの幸いというのは言い過ぎだろうか。証券化技術を理解するのは容易ではない。筆者はいつも漢方薬に例えて説明している。漢方薬は、様々な薬草を薬研(やげん)ですりつぶし、適当な配合で薬を作り上げる。元となる薬草の配分によって効き目が異なってくる。今回のサブプライムローンは薬草の一つであり、他の正常なローンと一緒に混ぜられ、さらにはこのプロセスを何度か経て最終的な証券が生成されていった。筆者自身も甘く見ていたことだが、問題は住宅価格の低下によって不良化したサブプライムローンという薬草が、どの漢方薬に入っているのか、どのくらい分量かが皆目分からなくなったことに原因がある。さらには証券不良化をカバーするための保証業務にまで及ぶことは想像ができなかった。このからくりは金融の専門家でなければ理解し難いし、その拡がりを感覚的に掴むことは至難の業である。
5月のBear Sternsから始まった一連の金融機関の倒産、そして救済劇があったわけだが、今回のアクションは、事態が金融内の負の連鎖で収まらず、経済全体への影響を食い止める段階に来たことを示している。分からないということは疑心暗鬼を生み出す。サブプライムローンの影響を即座には見極められないことは、市場の信任が得られず資産は益々劣化していく。こうした状況では金融機関はリスクを取らずに、資金を現金の形で手元に保有する。その結果、本来は行うべき融資、投資を手控えているのが現状の姿だ。法案が大きな方向転換なくポールソンの意図通りに議会を通れば、マーケットが正常化して資金の流動化が戻ると期待される。
変わる金融の景色
ところで、どのくらいの時間を要するか予測は難しいが、今回の騒ぎが一段落して再び世界経済の成長が始まるときには、そこでわれわれが目にする景観はこれまでとは大きく変わっていることになるだろう。
それは言うまでもなく、世界の金融勢力図の変化である。Bear Sterns、Lehman BrothersそしてMerrill Lynchという伝統ある巨人が姿を消すことになるわけだが、その後には、CITIとBOAという2大勢力の拮抗という構図である。英国では、HSBCやBarkleyなどがシェアを拡大することになろう。形で言えば巨大化ということになるが、それは一昔前に囃されたワンストップサービスによる利便性提供などという耳障りの良いものではないと断言できる。
今回の混乱の再発を防止するためにBISを中心として様々な規制の強化、そして透明性の確保が行われるだろう。今回の問題は、証券化という金融工学の先端技術が、その本質やリスクを理解されないままにコモディティービジネス化したことに根本的な原因がある。換言すると、サブプライムローンのように住宅価格低下の可能性を織り込んでいないという欠陥を前提としない限り、大きな利益を生み出せなくなっていることを示している。
一方、現在の金融の一段上を行くような新しい技術は見当たらない。金融工学の研究は前進しており、様々な面で精緻化が図られている。しかし、金融工学そのものが登場した時のようなフロンティアを生み出す技術の可能性は耳にしない。
ところが世界中に金が溢れている。金余りは低金利を導き出す。そして、わが国もそうだが、高齢化に向かう先進国では年金等の運用が一層重視されるし、産油国では将来の枯渇に備えた先行投資が国の先々を決める。すなわち、資金運用のニーズが減ることはない。金融機関の立場に立てば、膨大な資金を有利に運用するプレッシャーが高まりこそすれ減ることはないない。これはビジネスのニーズであると同時に金融機関の使命でもある。
グローバル銀行の活躍の姿
このような環境の中で、中小規模の金融機関はともかくとして、大規模でグローバルな金融機関には次の収益源が求められるのは宿命だ。おそらく彼らは遥かに先を行く戦略を練っているであろう。それを外から想像すると2つの要素が浮かび上がってくる。1つは、次の収益源を資源開発に当てているのではないか、ということだ。本稿を執筆している9月22日には原油価格が再び急騰したが、ここでいう資源開発とは単にマーケットに仕掛けるのではなく、資源を元にした仕組みの組成である。
原油のみならず鉱物資源の大半は新興国ないしは途上国に存在する。生産地と消費地を効率的に結びつけるのは金融機関の1つの役割だ。これまで主に商社や投資銀行がビジネスを描いてきた。無駄を減らし一部の利権を排除するためには、マーケットは重要なインストゥルメントだ。今後投資銀行という形態がどうなるか不透明だが、その機能は経済発展に欠かせない。そして、このビジネスは多大な資金と時間を要する。すなわち、巨大な資本は必須条件だ。第1のキーワードは巨大資本を保有することである。
もう1つの要素は戦線の拡大だ。グローバル時代のビジネスとは、発展フェーズの異なる経済を相手にすることに他ならない。途上国の農村には、先端水処理技術を持っていくよりも昔ながらの井戸掘り技術が有効なこともある。ことほど左様に、経済の発展段階によって金融に対するニーズが変わってくる。すなわち、収益が持続的に成長する分野を見極めるために戦線を広げておき、多様な武器を内部に持っていることはグローバル時代における戦略の定石である。
また、大きいかミニかは分からないが、今後も次々とバブルを生み出す力が出現してくるだろう。金融マーケットが益々ボラタイルになっていくのは識者の一致した見方だ。その原動力となりシナリオを書くのは、今回投資銀行を吸収した巨大銀行か、職を失っても不死鳥のように蘇る証券マンであることは間違いがない。正しい方向とは言い難いが、これも現実であり看過できないことである。
わが国のなすべきこと
わが国の金融機関もようやく動き始めた。新しい技術やビジネスの獲得にはM&Aしかないと言ってよいだろう。グローバル時代には、じっくりと自分で研究し開発していく時間は許されない。誤解のないように付け加えると、金融にしてもサービスにしても思いつきや短期で大きなビジネスを生み出せるものではない。メーカーの開発技術と同じように長期間の蓄積を企業内が許容できるかどうかである。内部になければ買うしか選択肢はない。
一部の研究者は、日本のバブルは土地価格の高騰であり、被害を蒙ったのは企業だったために賃金を低下させ大量の失業者を生み出した。ところが今回のサブプライムローン問題は、金融機関を別にすれば落ち込むのは個人であって企業ではない。設備投資の低下は少ないので影響は長くはないという。
1920年代の大恐慌以来というが、いつまでもその状態であることはない。欧米の混乱は、わが国経済に悪影響を与えることは事実だが、一方でM&Aの好機でもある。虎穴に入らずんば虎児を得ずという古い格言を思い出すのだが、日頃からの企業戦略シナリオを練っておくこと、それは大半が無駄になる作業かもしれない。しかし、千載一遇のチャンスは思わぬときにやってくることを今回のことは物語っている。
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福井 和夫(ふくい かずお)
(株)富士通総研 顧問
70年富士通に入社。95年富士通総研取締役研究開発部長に就任。98年に同総研取締役金融コンサルティング事業部長兼研究開発部長、2005年常務取締役第一コンサルティング本部長、2008年6月より顧問に就任、現在に至る。他に、早稲田大学ビジネス情報アカデミー講師、日本コーポレート・ガバナンス・インデクス研究会(JCGR)監事も勤める。著書に「新たな制約を超える企業システムの構想」「ネットワーク時代の銀行経営」(富士通出版)等がある。
