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大田大臣の演説の背景は何か

2008年1月22日(火曜日)

大田経済財政相は、18日に開会した通常国会で行った経済演説で、「2006年の世界の総所得に占める日本の割合は24年ぶりに10%を割り、1人あたり国内総生産(GDP)は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で18位に低下した。もはや日本は『経済は一流』と呼ばれる状況ではない」と発言したという。 仮に読売新聞が言うように 厳しい現状分析を披露して国民の危機感を高めることで、国全体が世界に挑戦する気概を取り戻せば、高い経済成長の実現につながる、というのが彼女の意図だとすれば、それ自体異存はない。

 【表】主要国の名目、実質、ドルベースのGDP

拡大イメージ

順位下落の真犯人はデフレと円安

しかしGDPの順位が下落したのは日本国民や企業が気概を失い、努力を怠ったからだ、と言うなら、それは納得しがたい。確かに90年代以降の日本の成長率はほめられたものではない。しかし実質の経済成長率は米国やドイツなどの先進国と比べてそれほど低いわけではない。数字を【表】の中で示したが、日本の実質ベースでの経済規模は1994年から2006年までの12年間で、1.17倍に増えた。これは米、英には劣るものの、ヨーロッパ大陸諸国とほぼ同じだ。ところが名目で比較すると1.04倍と、日本はほとんど成長していないことになる。これは日本でデフレが続いたため、実質ベースでの成長が帳消しにされたからである。他の先進国ではマイルドながらインフレだったから、名目のGDP は実質以上に拡大した。

加えて、為替の影響がある。GDPの比較はそれぞれの国の名目額をドルに換算して行われる。90年代後半以降、円はほとんどの通貨に対して大幅に下落した。そのためドル換算すると日本の経済は成長どころか94年と比較して縮小しているのだ。戦後最長の景気回復といいながら、世界から見ると日本経済は縮小しているのだ。

このように実質では経済が拡大していても、物価動向や為替レートの動き如何では世界経済における地位は下落することはありうる。通常インフレ率の高い国の通貨は購買力が下落しているわけだからレートは下がる。逆にデフレなら為替レートは上昇する。その結果、物価変動の効果と為替の効果が相殺し合って大きなかく乱は起こらない。

ところが2000年以降日本の場合、通常起こらないことが起こった。デフレなのに円安が続いた。その結果日本経済は約2割過小評価され、逆に米国は3割、ドイツは2割ほど過大評価されている。これでは順位が下落するのは当然だ。

このように日本経済の国際的地位が低下したのは実質的な経済規模が下がったのではなく、デフレと円安の複合効果によるものだ。二つとも国民の努力で何とかなるものではない。円安は2004年までは日本政府の為替市場介入によるものだ。その後は日銀の低金利政策により、海外の高い金利を狙って国内資金が外国に流出したため、円安が一層進んだ。円やドルだけではなくユーロを含め、世界中のほとんどの通貨に対して安くなったため、「円の独歩安」のような状況となった。 このように円安は基本的に日本政府、日銀の政策の結果によるものである。

デフレの背後にある賃金カット

次にデフレはなぜ起こったのか。バブル崩壊の後の過剰設備、過剰雇用のため需給ギャップが拡大したというのが一因である、というのが通説だ。だが2006年に需給ギャップが解消した後もGDPデフレータがマイナスなのを見ると、かかる説明だけでは説得力がない。中国からの安い輸入品のせいにするエコノミストもいるが、それなら欧米でもデフレになっているはずだ。本当の理由は賃金が下がり続けたことにある。日本の賃金は1990年代後半以降ほぼ毎年下落し続けた。その間も生産性は上昇し続けたから、単位労働コストはこの期間ほとんどマイナスの成長である。これはほかの先進国には見られない現象だ。つまり賃金は生産性の上昇に追いついていかなかった。これがデフレの原因である。

もし大田大臣が日本経済の地位の低下を心配するなら、金利を上げ、賃金を上げることだ。その結果円安もデフレも止まるであろう。今まで日本はバブルの後始末を優先して国民生活など重要な政策課題を後回しにしてきた。企業は円安、賃金安、金利安の三重の追い風で利潤を蓄え体力を回復した。だが過度に輸出に依存した成長は当然のことながら豊かさの伴わない成長になる。そのマイナスの効果は海外に行けばすぐわかる。世界中どこへ行ってもホテルやレストランの高さに驚かされる。 だが彼らやほかの外国人はそんなに高いとは思っていない。日本人が賃金カットと円安で購買力を失っただけのことだ。逆にかつて物価高で悪名高かった日本国内では、物やサービスが安くなり、外国人観光客が増えている。円に対して5割も高くなった豪州からは北海道にスキー客が大挙して押し寄せてリッチなバカンスを楽しんでいる。その有様を横目で見ながら働いている日本人にはある種の敗北感が沸き起こる。80年代の円高時代とは逆の光景だ。円安は企業にはよくても国民全体としてはマイナスが大きい。極端な円安に依存した景気回復は終わりにしたほうが良い。

2008年は三「安」是正が迫られる

政府がやらなくても市場がこのような三「安」政策の是正を迫っている。すでに円安は急速に逆転し始めた。日本の金利は上がっていないが、米国の金利が急速に下がり始めたため、内外金利差は急速に解消し始めた。賃金は今年の春闘が注目されるが、経営側も賃上げ容認の方向に動いているようであるから、おのずと事態は改善に向かいつつある。大切なことは政府や企業がこのような流れに逆行するような政策を採らないことだ。

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【調査・研究】


根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】 1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】 通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など