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サブプライムローン問題の余波

2007年9月10日(月曜日)

ヨーロッパ発の嵐が東証を襲う

2月頃から騒がれていたアメリカのサブプライムローン問題が8月に急に表面化。世界中の金融市場を揺るがすことになった。サブプライムローン問題については様々な議論が交わされているから改めてコメントを申し上げるまでもない。ここで取り上げたいのは、この時の東京証券市場に関することである。

フランスの大手銀行BNPパリバ傘下のファンドが閉鎖するとのニュースをきっかけとして8月9日から大嵐が吹き荒れた。この2週間、東京、上海、ヨーロッパ、ニューヨークの各証券市場の動きは興味深いものだった。連鎖の順番から言えば、ニューヨーク市場が閉じてからしばらく静かな時間があり、再び東京から西回りで伝播していく。その中で気が付いたことが二つあった。一つは、東京証券市場の揺れがニューヨーク以上に激しかったことだ。震源地より地球の裏側への影響の方が大きかったのだろうか。もう一つは、日米のアナリストの言うことにかなりの差があったことだ(ちなみに、この間経済学者からのコメントは極めて少なかった。恐らく事態の行く末を見極めるために慎重になったのだろう)。一連の動きを見ていて、日本の証券市場の価格形成に疑問が湧いてきたのである。

説明がつかない東証の乱高下

ニューヨーク証券取引所と東京証券取引所の振幅

【図1】ニューヨーク証券取引所と東京証券取引所の振幅

【図1】は、ニューヨーク証券取引所と東京証券取引所の振幅を表わしたものだ。8月9日をゼロとした時に、東京の方が激しく動いたことが見て取れる。改めて申し上げることもないが、サブプライムローン問題がこれほど大きくなり長引いた(まだ終わってはいないが)理由は、住宅ローン債権が証券化されCDO(Collateralized Debt Obligation:資産担保証券)として他の多くの証券と結合・分解された結果、どこにどれだけの損害をもたらすかが俄かには分からなかったことにある。

この手の証券は相対で取引されるからオープンなマーケットは存在しない。したがって、リスク量は取引者が自分で測らなければならないのだが、これがなかなかの難物だ。非線形だから方程式で解を出すことはできないのでシミュレーションということになる。モデルを作り、検証をし、日頃の動きを反映する微調整という作業になる。金融工学、数理統計、ITのかなりの能力を必要とすることから、勢い格付け機関などの他者に依存することになりがちだ。

とはいえ、わが国の金融機関がリスクの大きいCDOを大量には保有していないことは知られていた。一説によると大手銀行を合わせても数百億円程度の損害とのこと。金融システムはもちろんのこと個別銀行の経営を揺るがす額ではない。そもそもわが国で証券化がいまひとつ浸透しない理由は、リスクの大きい証券の取り手が不在ということにある。このためマーケット全体が大きくならないのだが、今回はこれが幸いした。こんな状況から、わが国の金融機関への影響が少ないことは予測できた。だから、株価乱高下の理由としてCDOの直接の影響を挙げるのは無理があった。

株価下落のもう一つの説明は、この問題がアメリカ経済に影響を及ぼし景気を押し下げるというものだ。アメリカの景気が悪くなればわが国の輸出が減少する。同時に、対米ドルで円が上昇し、その面でも輸出競争力が低下して、例えば韓国などにマーケットを奪われるという懸念だ。

確かに輸出産業の太宗はメーカーが占めているから、わが国の経済を牽引しているメーカーに元気がなくなれば景気もダウンする。ところが、今回は輸入企業の株価も同様に落ち込んだ。電力、石油、商社などが下落した。

このように東京証券市場がニューヨークのそれよりも大幅に下落する理由は見当たらない。もし、日本がバブル経済の最中にあったというのであれば、きっかけとして考えられないこともないのだが、一部の土地を除けばバブルの気配はない。現状を捉えれば経済は健全である。

アナリストは投資家の味方か?

次に、彼我のアナリストの意見がなぜこうも違うのか。日本のアナリストの意見を集約すると概ね二点になる。一つは、サブプライムローン問題は根が深い、したがって簡単には片付かないだろうということ。もう一つは、一方で世界の経済は好調だから、影響は一時的に終わるというものだ。一見矛盾した印象を受けるのだが、二つの主張の間にロジックがあるわけではない。

それではアメリカのアナリストが何を言っているかといえば、こちらも二つあって、一つは、景気を破綻させないためにFRB、財務省は何らかの手を打つ、それが何時なのかが問題だということを強調していた。もう一つは、もっと冷静で、金融市場におけるクレジットクランチ(金融の流動性が不足してマヒ状態になること)と実ビジネスにおけるクレジットは分けて考えるべきで、前者は問題だが後者は実体経済が順調である以上影響は少ないというものだ。

どちらが正しいとは判断できないが、これほど差があるのは何故だろうか。この時代に的確な情報の入手ができないはずはない。異なるのは評価の仕方である。日本というフィルターを通して見ているためなのか、それとも思考の構造的な違いか。印象で言えば、情緒的な説明と分析的な説明の違いである。

グローバル化の視点で東証を見る

さて、一連の動きをみていると考えさせられることがある。マスコミの報道によると今回の東京証券取引所の値下がりは外人が引いたことが大きな要素だという。8月の外国人投資家は1兆3百億円を売り越した(東京・大阪・名古屋3市場合計)。この額は1987年のブラックマンデーに次ぐ二番目の記録だ。そして、その多くはヘッジファンドの持ち高整理売りだそうだ。

もし、それが正しいとして、株式マーケットだけを見ていれば、投資資金が減ったのだから価格低下は当然と受け止めることができる。しかし、本来の株価は、将来をも含めた企業価値の評価のはずだ。それが、外国人が売った買ったということで大きく株価が変動するのであれば、これは正しい価格形成が行われているとは言い難い。欧米の金融機関やファンドが収益機会を求めて国内市場に参加してくるのであれば健全な投資と言えようが、今回のように欧米市場で資金が逼迫したから資金を引き上げたということは、国内企業の業績とはまったく別の要因である。証券市場の中に価格形成の歪みの構造が存在すると言わざるを得ない。すなわち、投資家の立場からすれば、わが国の証券市場が世界の中でどのような位置にあるのかを勘案した取引をしなければならないことになるが、そんなコメントや情報はどこからも提供されてこない。すべて後付けの説明である。

グローバル化が進展するということは、ビジネスが同質化することを意味する。同じプラットフォーム上の取引ならば合理的で効率の良い市場が選択され集約されていく。今回の騒ぎはわが国の市場が大きな課題を抱えているということ、そしてその立場で投資家を集める方策が必要なことを示している。


佐々木取締役顔写真

福井 和夫(ふくい かずお)
常務取締役第一コンサルティング本部長
70年富士通に入社。95年富士通総研取締役研究開発部長に就任。98年に同総研取締役金融コンサルティング事業部長兼研究開発部長、2005年常務取締役第一コンサルティング本部長に就任、現在に至る。他に、早稲田大学ビジネス情報アカデミー講師、日本コーポレート・ガバナンス・インデクス研究会(JCGR)監事も勤める。著書に「新たな制約を超える企業システムの構想」「ネットワーク時代の銀行経営」(富士通出版)などがある。