小沢民主党代表の辞意が意味するもの
2007年11月5日(月曜日)
小沢一郎民主党代表が、11月4日に突然代表としての辞意を表明した。多くの関係者にとってこれは予想外のことだったので、その衝撃が政界をはじめ各界を駆け巡った。
小沢氏の辞意表明が本当に民主党の代表党首辞任につながるのか、あるいは、小沢氏は次にどのような行動に出るのか、それは今後の政局や政治や国際関係にどのような影響をもたらすのかについて考えてみたい。
小沢氏が辞意表明をした直接のきっかけは、11月2日に福田総理大臣と第2回目の党首会談を行った際に、福田総理から提案された大連合の提案を民主党に持ち帰り幹部会にかけたところ、ほぼ全員一致で反対されたこととされる。これは、小沢氏自身が辞意表明の記者会見で、幹部会全員の反対を小沢代表への不信任と理解すると言明したことからも明らかである。
党首会談を呼びかけたのはどちら側なのか、あるいは大連合を提案したのはどちら側なのかについては不透明な部分が多いが、いずれにせよ小沢代表が大連合構想に強い興味をいだいていたことは明らかなようである。民主党は、7月の参議院選挙で大勝を収め、早い段階で福田政権を衆議院の解散総選挙に追い込み、そこで勝利して政権交代に持ち込むという構想を抱いたが、小沢代表自身は、来るべき衆議院選挙で望みどおり勝利できるかどうか楽観していなかった節がある。そうした状況の中で、政権交代に近づくには現在のねじれ国会を利用して大連立を組み、事実上政権の半分を担うという実績を手に入れ、一定の経験と評価を得た上で政権交代に歩を進めるという戦略を描いたものと思われる。
しかし、この構想は小沢代表自身の胸の中のみで考えられており、民主党の幹部たちにとっては寝耳に水で、しかもそれを理解する心理的準備ができていなかった。幹部たちは、参議院戦大勝利とねじれ国会での影響力を跳躍台にして衆議院選を戦い、政権交代を目指すという夢を描いていたようである。したがって、小沢代表の連立構想案には全員拒否反応を示したようだが、小沢代表はそれを不信任と理解し、一気に辞意表明へと走ってしまった。小沢氏独特の独断専行の性癖がここでもまたしても現れたようである。
小沢氏は独特な戦略的思考法で政界に数々の変化をもたらしてきたので、今回も民主党代表を辞任して、一部の理解者を引き連れて新党を起こし、自民党との連携を図るといった憶測もある。参議院で17人ほどのそうしたグループを作ることができれば、大連立と同じ効果が生まれ、小沢氏は新しい政権体制の中でそれなりの発言力を確保できるということである。
政局の展開はまだ不透明な部分が多いが、いずれにしても今回の辞意表明は政策や国際関係についても大きな意味を持たざるを得ない。
民主党は、年金、子育て、農業など国民生活に直結する重要な政策分野で自民・政府案とは大きく異なる政策提案をしており、大連立体制ができれば、それらの政策が実現される可能性があったが、小沢氏が代表を辞めれば、その後の政局の展開によって、その展望はより不透明になる。同様のことは国際関係についても言える。
小泉政権以来、政府・自民党は、インド洋で海域監視にあたる各国の艦艇に対する石油の供給を続けてきており、国際社会からも高く評価されてきたが、参議院選挙後の小沢代表の強い反対のために、その石油供給作戦は10月末日の法律の期限切れとともに停止された。政府・自民党は、新法を制定して石油供給を続けようと模索しているが、11月2日の党首会談で福田総理は、この問題に関する小沢提案を飲み、併せて大連立構想の提案をしたとされる。小沢提案とは、自衛隊の海外活動は国連の決議のみによることにするというものである。したがって、国連決議を経ずに日米首脳の合意によって始められた自衛隊の石油供給作戦は廃止すべきであり、国連の決議を得られるならば、例えば自衛隊のアフガンにおける軍事活動への参加も許容されるというものである。この小沢提案のとりわけアフガン軍事活動への参加という部分は、民主党や社会党、共産党など野党陣営にも激しい反発を生み、また、石油供給作戦の停止は、国民多数の理解と賛同を得られないことがますます明らかになってきていた。小沢氏が代表を辞任するとなれば、残された民主党はこの問題についてどのような対応をとるのか、また小沢氏が民主党外に出て新しい政治勢力を結集すれば、この問題はどこに帰着するのか、いずれにしても不透明性が一段と増したことは否定できない。
国際世論は、日本のこうした動きについて民主政治の経緯として一定の理解を示しつつも、テロと戦う国際社会から日本が脱落することへの懸念と失望を隠していない。日本が一日も早く政策決定機能を復活し、国際社会で応分の貢献をするとともに、国民生活の向上のために迅速に必要な政策を決定できる体制が作られることを願って止まない。
