「モスクワ見聞記」
2007年8月1日(水曜日)
このたび、約1週間ほどロシアを訪ね、様々な分野の事業家たちに会う機会があった。ロシア経済の最近の目覚ましい成長に関心を持つファンドマネージャーや投資家たちとモスクワを訪問したのである。
私は、これまで世界数十カ国を訪ね、多くの国々を何度も訪問しているがロシアを訪ねるのはこれが初めてだった。日本には少数のロシアに関する専門家はいるが、とりわけ近年はロシアに対する関心は高くなく、経済交流も隣国の中国などに比べれば桁違いに低調である。
日露関係には国民の間に様々な障害や負の遺産に対する観念が根強く残っているように思われる。戦前の不可侵条約の一方的破棄や戦後の領土問題、また90年代の経済混乱期における商社などの貸金未回収問題、そして最近のプーチン政権の強権政治に対するイメージなど、多くのネガティブな要因が影響しているように思われる。
私たち多くの日本人はロシアについてこうした先入観を持ちやすいが、私たちの訪ねたモスクワの光景は、そうした観念からはかけ離れたものだった。
ホテルは古い有名なホテルもあるが、新しいホテルは多くは外資系で最新の設備でタオルもたっぷりあり世界最高水準のアメニティーが提供されている。道路には、ちらほら国産の乗用車やトラックもあるが、外車の高級車が目立つ。ベンツやトヨタの最新車レクサスなどは珍しくなく、ベントレー、フェラーリ、アストンマーチンなどの超高級車が目立つ。
住宅地には、いくつもの高級なショッピングセンターが建ち並び、郊外には巨大なショッピングモールが展開している。高級住宅地のスーパーマーケットでは、食材も驚くほど豊富な品揃えで、日本食コーナーを置いているところが多い。日本食コーナーでは、すしショップを設けているところもある。雑誌は種類が豊富だが、車やスポーツなどの趣味の雑誌や、女性向けのファッションや化粧品といった雑誌が多い。郊外のショッピングモールでは、広大な敷地に何千台もの車を収容する駐車場があり、店内は大勢のお客様でにぎわっている。あたかもアメリカがかつて消費ブームに沸いていた時代を想起させる。
郊外には近年整備された緑の植栽地区があり、高級な別荘が建ち並んでいる。物価は大変高く、肉や穀物など以外の商品の価格は東京の2倍くらいするのではないかと思われる。また、有名な赤の広場のクレムリンの壁の反対側にはかつて雑然としたバザールがあったようだが、この数年のうちに見違えるようなショッピングガレリアが作られ、明るいホールの両側はフランスなど西欧諸国のブランドショップが最新ファッションを展示している。
モスクワは、政府や企業や世界の情報が集中する首都なので、やや特殊かもしれないが、この経済的活況はどのような要因によるものなのだろうか。
推察されるのは、近年の世界的な原油や資源価格の高騰である。これらの資源に恵まれているロシアが莫大な外貨収入を得たことはつとに知られているが、政府企業の民営化が進む中で、そうした資源などの利得が政府につながりの深い民間の特権階層に流れ、彼らの富と所得が消費や住宅投資などを通じてさらに多くの産業に波及し、豊かな消費経済が稼働しはじめたという面があるだろう。
しかし、今、動きだしている経済循環はそれだけではなさそうだ。旺盛な消費が産業連関を通じて様々な分野での生産活動や投資活動を刺激している。また、情報通信産業が急速に発展しつつあり、IT分野などでは多くのベンチャー企業が簇生しつつある。言い換えれば、ペレストロイカ以降の経済改革と民営化そして市場主義の経済運営が資源価格高騰という追い風を受けがなら、ようやく本格的なダイナミックで広い波及効果を持つ経済循環を実現しつつあるものと思われる。
私たちはいろいろな分野の革新的な事業家を訪問した。ショッピングセンターや自動車のディーラー、ファッションや情報産業、またメディアや通信産業、そして資産運用のベンチャー企業など様々な企業家たちの活動を見学させてもらった。
印象的だったことは、30〜20代の若い経営者たちが、経済改革の波を捉えて鋭い事業感覚で見事なビジネスモデルを展開し、急速な成長を実現していたことである。一年間に100%や200%という急激な成長を多くの企業が実現していた。ロシア経済は共産主義から市場主義への移行の過程で深刻な苦しみを味わったが、ここ数年でその成果が花開きつつあるように見える。そしてそこには、多くの欧米企業が深々と浸透し、ロシア経済と密接な相乗効果を生み出している。
日本は、近年多くの企業が中国に進出し、日中間の経済交流はますます広がり、かつ深くなっている。それに比べて日露間の交流は15分の1の規模にも満たないとされる。多くの日本人や日本企業が中国を体験し、中国について強い関心を持っているのに比べ、ロシアを体験しロシアについて深い理解を持っている日本人や日本企業が極めて少ないのは不可解なアンバランスと言わざるを得ない。
日本から見て日露間には多くの問題があることは否定し得ないが、ロシア人の日本への関心は極めて強く、また、多くのロシア人の対日感情は良好である。ダイナミックなロシア経済との交流を通じて、日本が得るところは誠に大きいと推察される。私自身も含めて日本人はロシアについてもっと関心を持ち、もっと学び、もっと交流を深めるべきではないかと思う。
