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インクルージョン、もしくはデジタル・ディバイドの克服について

2007年5月15日(火曜日)

前回のこのコーナーで、4月に北京で開催された「マイクロソフト・ガバメントリーダーズフォーラム アジア2007」について報告したが、今回はそのフォーラムで私が発言した内容の骨子についてご紹介したいと思う。私はこの会議のメインテーマであるインクルージョンというテーマについてのセッションにスピーカーとして参加した。ITは経済活動を効率化させ、イノベーションを促進し、人々の生活を豊かにする大きな長所と可能性を持った技術である。その可能性を最大限に活かすためには、インクルージョンが重要な課題となる。インクルージョンとは、出来るだけ多くの人々にITの恩恵を及ぼすこと、あるいは、ITの恩恵の中に出来るだけ多くの人を招き入れることである。

現実には、しかしながら大きな障害が横たわっている。それは一言で言えば、デジタル・ディバイドと言われるものである。すなわち、一方でITの恩恵に浴している人々がいる反面、他方でITの恩恵に浴せない多くの人々がいるという断絶である。インクルージョンとはその断絶を克服し、一人でも多くの人々にITの恩恵を及ぼすことである。このセッションでは、各国のデジタル・ディバイドの現状を説明し、それを克服するためのインクルージョンの努力が報告された。例えば、中国やインドのような大国は高度に発達したITの恩恵に浴する人々がいる一方で、何億人にも上る多くの人々がITの恩恵の外に置かれているという現状がある。

日本の場合には、デジタル・ディバイドの通常の意味ではそうした断絶はほとんど存在しない。地域的には、東京のような大都会から、遠隔の地方まで、通信回線やブロードバンドのネットワーク、さらには携帯電話が稠密に行き渡っており、地域的なデジタル・ディバイドはほとんど存在しない。また年齢別に見ても、ITに通常馴染みにくい高齢者層にも、携帯電話やパソコンやインタラクティブ・テレビなどが急速に普及しつつあり、深刻なITディバイドは認められないといえる。

ただ、そうした進んだITの技術や、行き渡ったITインフラの恩恵を人々が充分に、もしくは適切に享受しているかという観点から見ると、そこには大きな問題がある。すなわち、進んだITの技術や行き渡ったインフラが適切に活用されておらず、著しい不活用(アンダー・ユーティライゼーション)の状態があるということである。言い換えればそのITやその活用という観点から見ると、日本全体がITのデジタル・ディバイドの恩恵が及ばない側に落ち込んでいると言うことも出来る。日本人として国際的な場面でこのような自己批判はしたくないが、日本ほど技術が進み、インフラが普及しても、ITの活用がそれに見合って進まないというケースがあり得るということを、国際的な場で皆で真剣に考える意味も大きいと考え、あえてそうした論点を提起することにしたのである。

日本の進んだITが充分に生かされていないという問題は、国内と国際との両面にわたって指摘することができる。国内の問題はITの不活用(アンダー・ユーティライゼーション)、国際的な問題は貢献の不足(アンダー・サービング)である。

ITの不活用の問題は、いくつもの症状があるが、差し当たり5つの例を挙げよう。

第一は、e-Japanの矛盾である。政府はe-Japan、あるいはu-JapanなどITの活用を唱えて様々な施策を打ち出しているが、思ったように進んでいない。例えば、数年前からインターネットで納税ができるようになったが、添付書類は税務署の窓口まで届けなくてはならない。したがって、インターネットで納税すること自体が極めて非効率になるので、利用者はほとんどいない。

第二は、病院のレセプトの問題である。多くの病院では、カルテの電子化をはじめ、病院内での情報は電子化されている。しかし、病院からの医療費の請求書(レセプト)は、依然として紙の形で社会保険診療報酬支払基金に届けなくてはならない。年間約13億枚のレセプトが紙で送られており、著しく非効率であると同時に、間違いも起きやすい。

第三に、教育とITの問題である。政府の政策で、多くの学校はインターネットの回線で結ばれ、多くのパソコンも用意されているが、子供たちや学生たちにはITがあまり普及していない。それは、レポートの提出をEメールで行ったり、授業に出られなかった学生にインターネットで授業の中身を提供するといったことが行われず、IT教育そのものへの現場の教師の関心が著しく低いことが障害になっている。

第四に、レガシーを超えられない多くの企業における問題である。銀行や保険あるいは証券など、先端サービス産業では、コンピュータシステムの整備やシステムインテグレーションなどが膨大な経費をかけて行われているが、生産性の向上に結びついていない。それは、これらの産業が旧泰然たる対面商売などの商慣行を変えないからである。

第五に、企業幹部の問題である。日本企業の多くでは、社長をはじめ幹部が社長室や秘書などのスタッフに頼りすぎで、自分でデータを掌握し、自分で計算をし、自分で判断をしないことが多い。したがって、どんなに優れたITシステムが導入されていても企業トップの周辺で著しく生産性が低くなっている。

第六に、小零細企業のIT問題である。小零細企業では、ITの浸透が著しく遅れている。その大きな原因はIT以前の問題にある。会計や生産・在庫管理、人事管理などお金やものや人の流れが透明になっておらず、恣意性が強く、ルールも欠如しているために、しくみそのものが情報化システムに馴染みにくくなっている。こうした問題が多く存在するために、せっかく進んだITがあっても企業や社会の現場でそれが生かされないのである。

次に国際的なアンダーサービングについて述べたい。日本は世界にITを普及するために、開発途上国などに様々な技術援助をしており、相当な努力を行っているが、残念なことに、日本のITが最も貢献できる分野で充分に生かされていないことがある。

典型的な例は、携帯電話である。日本の携帯電話の技術水準は極めて高く、多くの機能を盛り込んだ世界でも最も進んだ携帯電話が国内では開発され、利用されている。それだけ優れた製品があるにもかかわらず、世界では日本の携帯電話はほとんど使われていない。それは、日本の携帯電話の開発が国内通信キャリアを中心にした特異な価格と通信料金体系の下に行われており、世界に普及させようという戦略的意図がほとんどないからである。

日本の携帯電話端末は、コストを大きく下回る安い価格で売買されているが、その格差は高い通信料金で調整されている。国際市場では、そのような特異な通信料金体系は通用しないから、国際市場で通用する価格で携帯電話端末は開発され、販売されなくてはならない。国内通信キャリアの大口ユーザーの周辺に組織化された携帯電話メーカーは、そうしたゆとりも意図も持てない状況にあり、専らその視野は国内に閉ざされている。世界最高の技術を持ちながら、その技術が世界の人々のために生かされないという悲しいアンダーサービングの現実がここにある。

以上の問題は、ITの技術と国内での普及が極めて高いにもかかわらず、それが社会や企業活動で充分活用されていないばかりか、世界でも通用しなくなっているのは、言葉の別の意味で日本全体がデジタル・ディバイドの下に陥っていると言わざるを得ない。その原因はITの技術ではなく、ITを真に使おうという政府や企業の戦略的意思の欠如、ITの活用を妨げている社会慣習やビジネス慣行などの問題である。これらを克服して日本の優れたITが真に経済を活性化し、国の内外の人々の生活をより豊かにするために役立つことを願ってやまない。