富士通総研

ITと経営

2006年8月4日(金曜日)

世界的にIT革命が叫ばれて久しい。IT革命は、第三次産業革命とも言われている。第一次は蒸気機関による動力革命、第二次は化石燃料による自動車産業の勃興である。20世紀末からのIT革命も、世界の産業や人々のあり方を変えつつある。産業分野では、ITの浸透によって飛躍的に生産性が高まることが期待され、生活面では人々の暮らしが大変便利になることが期待されている。特に、IT革命が大規模に起こり、早く浸透した米国では、1990年代にサービス・セクターの生産性が上昇した。これが1990年代の高度成長を支えたといわれている。日本も、さまざまな変化が進行中ではあるが、サービス業の生産性が低迷しているため、日本経済全体の生産性向上の伸びが極めて鈍い。

これからの日本は、労働力不足が見込まれる。政府の研究機関が出した推計によれば、今後、人口は、2006年に1億2800万人でピークとなるが、その後は減少し続け、2050年には中位推計で約1億人、低位推計で9000万人台となると推測されている。労働力人口が半世紀以内で大幅に減少することになる。

出生率減少に対処するために、政府や産業界を中心に、さまざまな子育て支援等が行われている。これらの政策については、まだ効果は出ていない。やがて効果が出るとしても、その効果が労働力にはねかえるのは30年先になる。つまり、子育て支援は、これから直面する労働力不足問題の解決策にはならない。いまひとつ外国人労働者の導入が叫ばれるが、充分な基本的人権をあたえることは容易ではない。また、それができなければ深刻な差別問題につながる。現実的には、外国人労働者の受け入れは、限界的な数しか受け入れられないだろう。そうすると、外国人労働者の受け入れは、労働力不足の根本的な解決にはならない。

労働力不足問題に対する最大の解決方法は、生産性の向上である。低生産性部門の生産性を大幅に向上させる構造改革が行われれば、克服できる。低生産性部門とは、日本では、1700万人を吸収しているサービス部門、1200万人の流通・小売、400万人の農林水産、700万人の建築・建設が挙げられる。日本では、これらの部門の生産性が、先進諸国の中で著しく低い。その原因は、経営が、非効率で近代化されていないことに起因する。このような部門が抜本的な経営改革や構造改革によって効率化していけば、生産性を、たとえば2倍に高めることはそれほど難しくはない。それが実現すれば、労働力不足は解消できる。実際、そうなるかは現実にはそれほど簡単ではないが、生産性向上が労働力問題を解決する基本方向であることは、明らかである。

諸々のサービスや流通において生産性が向上するには、ITの効果的な活用が期待される。日本では、なかなかITがサービス・セクターの効率性を高める上で適切に機能していない。それは、なぜかを考えてみたい。

日本でサービス・セクターの生産性が低い理由は、中小企業であれ大企業であれ、また、さまざまな業種でも、それぞれの意味で、ITの効果的活用が行われていない現状がある。

特に、大きな比率を占める低生産性部門の大半は、零細企業が占めている。建築や小売の商店、運送業、床屋など、いろいろな零細企業があるが、そういう会社にITを導入して経営を効率化しようという時に、最大の問題となるのはITよりも、むしろ経営そのもののあり方である。例えば、資金の流れやモノの流れがどうなっているか、また、人材がどのように生産活動に組み込まれているか等という問題について、経営者が明確に掌握していないことが多い。企業として、会計や生産管理、顧客管理など、根本が整理されていないのである。つまり、企業内の情報が明確に把握されておらず、経営の実態が不明確になっており、管理が不十分なのである。そうすると、ITを導入しようと言っても、導入の仕様がない。特に零細企業は納税の根拠となる会計諸表すらしっかりと作られていないケースが多く、税理士も雇っていない企業が少なくない。言い換えれば、「経営のいろは」ができていない。IT導入には、その大前提となる人材やお金などの情報を明確にするというところから始めなければならない。

大企業でも似たような問題がある。金融、小売、病院など多くの分野で同様な問題が伏在している。

富士通では、毎年夏に、大切な得意様をお招きし、軽井沢でセミナーを開催している。そこで、お客様と富士通の経営幹部とが意見交換をするというものである。私も、経済研究所の理事長として参加しているが、今年のセミナーでも、大変示唆的な議論があった。

富士通の経営幹部は、ITの効果的導入の前提は経営のあり方にあるという認識が強い。

今夏のセミナーでは、現場のユーザーと、富士通の経営幹部の懇談において、その問題をめぐって示唆的な議論が数多く行われたので、いくつか例をひいてみたい。

例えば、ある地方銀行の幹部は、「富士通にシステム・インテグレーションを頼んでいるが、かなりのコストがかかる。しかし、その結果、生産性が高まって儲けに繋がっているという感触が無い。」という感想を述べた。

現在の経営を前提とすれば、そういうことにならざるを得ないだろう。どこの地方銀行もそうだが、「営業の基本はフェイス・ツー・フェイス」であり、リレーショナル・バンキングが重要だということになっている。そういう状況下でシステム・インテグレーションをしたとしても、管理システムの透明性は高まるだろうが、それが銀行全体の生産性の向上となり、収益が高まることにはなっていない。フェイス・ツー・フェイスの伝統的営業では個々の取引に人件費が多くかかるので、ITを導入して収益増とはならない。課題は、このような取引をIT導入によって、効率化する取引に変える必要があるということである。例えば、顧客の注文をネット経由にすれば、そのシステムを効率化すれば、効率化しただけ生産性が向上する。実際、そのような取り組みを行っている金融機関も増えてきている。新生銀行や松井証券などのネット証券会社はその例である。

松井証券の松井社長は、証券業界の中では、いち早く営業の非効率性を見出し、営業スタッフを削減した。松井氏は、かつて日本郵船で働いていた。証券業界に入って、なぜ個々の顧客との取引に営業マンを投入しなくてはいけないかという疑問を持った。そこで、営業の削減に踏み切った。その結果、効率性が高まり、収益も高まった。

ITの導入は、効果的で透明性も高めることができる。大きな効果をうむ。IT導入の効果を高めるためには、IT技術の前に、経営のビジネス・モデルを構築すべきだ。そういうことを経営者が理解するかどうかで、効率性が高まる。

最近、消費者金融において、グレーゾーン金利の規制問題がある。銀行など伝統的な金融機関では、もっぱらリスクの少ない顧客を相手にサービスを提供しているので、リスクの高い客は、消費者金融などで資金を調達せざるを得ない。しかし、消費者金融側では、返済能力の分析と評価が充分でない。そこでリスク分を多めに上乗せして高金利で貸さざるを得ない。

そうした高金利を制限する方向で議論が始められているが、そうなると、消費者金融でもリスクの高いお客は扱えなくなるし、そうすると、リスクの高い客は闇金融に行くしかない。消費者のための金利規制ということだが、返済能力の乏しい消費者にとってはかえって厳しい結果になる。

個人のリスクは、より多くのデータをより詳しく分析することで、評価の精度は高まる。ITの活用は、貸出先のお客の不確実性や不安定性、過去の履歴などをどのぐらい精密に調べて判断をすることに活用できるだろう。現実の日本の金融界では、顧客のリスクの審査能力が弱く、それが問題を難しくしている。

いまひとつ、病院などの医療機関でも、IT化の必要が叫ばれているが、IT化を進めてゆくと、コストがかかり経営が難しくなるというジレンマに陥っている。日常の多くの業務でも、カルテやオーダリングなどIT化すべき作業は山ほどある。しかし、ここでも現実には大きな問題がある。診療の考え方や用語が統一されていない。

そういう状況でのシステム・インテグレーションの構築は、複雑で操作しにくいものにならざるをえない上に、コストもかかる。医師たちが意見を統一し、用語や、医療判断の手順など、基本的な事項について共通化や統一化を進めれば、運用しやすい。ここでも、問題はITより、それ以前の院内の意思決定や情報共有のあり方にあると言うことができるだろう。

ITを活用して経済の効率を高めるためには、経営者の理解、経営のあり方、行政組織の設計や運用などの改革が必要であり、経営そのものの透明化、体系化が大切ということである。