日本政府内部における成長率・金利を巡る論争
2006年4月19日(水曜日)
最近、日本経済の中期的な展望を巡って、成長率と金利の関係をどう見込むかについて論争が起きており、世間の注目を集めている。日本経済は、景気が回復過程にあり、その好循環を踏まえて出来るだけ早い時期に財政のプライマリー・バランスにおいて、ゼロもしくは黒字を達成することが至上命題になっている。これは、多くの政策関係者が共有している考え方である。
政府は、2011年をめどにプライマリー・バランスにおける赤字を解消することを目標に掲げて中期的な政策運営の基本的な方向を設定しようとしている。小泉政権では毎年「骨太の方針」を定めて、中期的な経済計画と政策運営方針を確定してきており、本年も6月を目処にして経済運営の基本的な方向が策定される予定になっている。
今年の骨太方針では、「歳入歳出の一体改革」というテーマで、日本経済の均衡を中期的に出来るだけ早く達成するための財政改革と税制改革を、一体的に設計することになっている。これは、9月退陣を表明している小泉政権の次を担う政権の基本方向を定めることにもなるので、とりわけ重要な意義を帯びているのである。
その中で財政政策と税制をどのように設計し、歳出と歳入をどのように見込むかを左右する重要な要因が経済成長率と市場金利である。すなわち、成長率が市場金利を上回るような中期的な経済運営が実現で出来れば、税収の増加を通じて財政再建はより早く実現する可能性があるが、もし成長率が金利を下回ることになれば、我が国の膨大な長期負債の利払いが増幅し、税収も限られるので、財政再建の実現はより困難になるからである。
昨年の12月に総務大臣の竹中平蔵氏が、経済財政諮問会議において、「きちんと経済運営すれば、名目金利が名目成長率を長期にわたって上回ることはないと思う。」*1 と発言した。この発言を受けて、民間議員である東京大学大学院経済学研究科教授の吉川洋氏が、「理論的にも長期金利のほうが成長率よりも高くなる。」*2 と発言し、それが発端となって政府の閣僚並びに関係部局を巻き込む論争に発展した。それは、金融・経済財政政策担当大臣である与謝野馨氏が、「名目成長率が長期金利よりも高い状況を作り出すことが出来るならば、かなり明るい展望はすぐ開けてくると思うが、そう楽観的な話ばかりをやっているのでは真実の姿に近づけるかどうか、私個人としては若干疑問を持っている。」と竹中大臣の主張を批判したことから、論争が政策論から政治論へと発展したからである。
小泉政権を支えてきた竹中大臣の立場からは、財政の早期再建は悲願であるが、それを主として増税によって賄おうとすることは危険であり、経済成長を加速することによって自然に税収を高め、政府負債を削減するという好循環を実現すべきであり、そのためには金融政策もそれを支える方向で実施すべきだという強い信念がある。
一方、財務省は、財政再建への道筋を確実なものにするために、国民に増税の負担をしてもらわねばならず、国民に早くからその覚悟を持ってもらうことが至上命題であるという観点があるように思われる。財務省は、歳入歳出一体改革の参考資料として、日本経済の中期展望について様々なシナリオを示し、相当程度の増税が実現できなければ政府の国民へのサービスを激減させねばならないといったキャンペーンすら展開している。そうした観点からは、経済の中期展望として、経済成長率が金利を安定的に上回る状況を安易に前提とすべきではなく、金利が経済成長率を上回るような事態をも想定しつつ、国民に税金負担の覚悟を求める必要があるという立論になるのだろう。
昨年末以来の経済財政諮問会議における経済成長率・金利論争は、このような政策的というよりはむしろ政治的な意味合いを持った論争に発展してきており、これは、日本経済のこれからの中期的な経済政策運営の基本的スタンスに関わる問題であるだけに、小泉後政権をどう構築するかの政局にも影響を及ぼしかねないテーマになりつつある。小泉総理は、こうした論争に対し、「経済財政諮問会議では、学者の難しい話はやめて適切な政策を進めるように。」と指示したと伝えられるが、この論争の政治的な意味合いを考慮すれば、総理の指示の意味も理解できる。
経済成長率も金利も、経済活動の結果によって市場で決まるものであり、国民にとって重要なことは、成長率と金利のどちらが高くなるかという神学論争ではなく、財政再建を経済成長によって一日も早く達成するためにどのような政策ミックスがもっとも有効であるかについて、国民がわかるような情報を十分に開示して、具体的な政策論の建設的な論争を経て、有効な政策を実施してくれることである。
国民は、神学論争よりも信頼できる政策の強力な実施を望んでおり、そのために応分の税負担が必要であればそれを負担する覚悟は出来ていると思う。その前に重要なことは、なぜその負担が必要か、政府は本当に最善を尽くしているかについて、情報開示が行われることにあると思う。
(注)>
*1 平成17年第28回経済財政諮問会議議事録要旨より
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2005/1206/shimon-s.pdf
*2 平成17年第31回経済財政諮問会議議事録要旨より
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2005/1226/shimon-s.pdf
