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地方分権21世紀ビジョン懇談会の挑戦

2006年2月28日(火曜日)

竹中平蔵総務大臣の諮問委員会「地方分権21世紀ビジョン懇談会」が1月に編成された。これは、日本の構造改革の非常に大きなテーマだが対象があまりに複雑で大きく、これまで十分にメスの入らなかった「地方自治体の制度問題」について議論し、将来の日本のために抜本的な改革をするための有益な構想を描き出そうという懇談会である。

地方自治体や中央政府等関係者の代表は入っておらず、座長は大田弘子・政策研究大学院大学教授、地方自治問題に詳しい宮脇淳・北海道大学大学院公共政策学連携研究部教授、中央ならびに地方財政問題が専門である本間正明・大阪大学大学院経済学研究科教授、地方制度の法的側面での権威である小早川光郎・東京大学大学院法学政治学研究科教授、道路公団問題や小泉内閣の難しい問題に鋭く取り組んで名高い実力派の作家である猪瀬直樹氏、それに私の6名が構成員となっている。

この委員会設立の背景は、次のようなところにある。つまり、小泉政権では「小さな政府」を目指し、「民間に出来ることは民間で」行い、政府の仕事を減らし「地方にできることは地方で」、というスローガンで改革を進めているが、地方というのは、非常に複雑な仕組みになっており、外からはわかりにくい。従って、これをわかりやすく、透明で、自己改革が出来やすいような仕組みに作り変えていこうという、大きな課題の下にそのたたき台を作ることが目的である。

中央政府の公務員数は、郵政27万人を除くと、約70万人である。これに対して、地方には300万人もの公務員がおり、大変莫大な存在である。「地方にできることは地方で」というように、システムを新しい時代に合わせて変えてゆくことはチャレンジングである。

地方政府は、構造もルールも極めて複雑で、とくに外部の人にはわかりにくい。総務省の地方行政担当者でも苦労するという。そこで、我々の委員会は森の木々にとらわれず、距離を置いて空から森を眺め、日本の将来にとって「地方行政のあるべき姿」を思い切って描き出そうと取り組んでいる。5月いっぱいをめどに報告書をまとめ、6月の「骨太の柱」の中に組み込もうと、まさに走り出したところである。

議論の中の最も重要な狙いの一つは、地方分権にともなう責任の所在と責任の取り方を明確にしようということである。行政改革を進め、地方分権あるいは地方主権を強めて行く、すなわち地方の政策選択の自由度を高めていくと、その自由には当然責任がともなう。自由度を高めるほどに責任は大きくなる。その責任の所在と責任の取り方を、制度として明確にする必要がある。

地方政府の自由裁量権が大きくなった時に、地方政府がとった政策がうまくいけばいいが、「うまくいかなかった時の責任をどのように取るか」が厳しい問題として存在する。民間企業を例に考えると、その企業は破産をすることになるだろう。当事者である企業は、破産の責任を取って、経営権を債権者に譲ったり、損害については賠償するという仕組みがある。原理的には地方政府にもそれが考えられるだろう。しかし、地方政府は、地域の住民に対して基本的なサービスを提供し続ける義務があるので、そこが民間企業の破産制度とは異なる点である。

政策がうまくいかなかったという状況はどういうことかというと、例えば、地方が地方債を発行して、累積債務となって積み上がり、政策の推進が困難になるような状況である。償還の見込めない「はこもの」をたくさん作り、累積債務がたまってしまうということが事実として存在し、その責任の所在をどのように明らかにして、どのように責任を取らせるが問題になる。近年の例では、バブル崩壊後に景気対策として、中央政府が地方政府に大規模な投資を推奨したことがある。その結果、債務が累積した経緯がある。このような例では、責任は地方政府だけではなく、中央政府にもあると言えるだろう。

一方、破産制度の整備も必要だが、他方では、経済が長期的に変動する中で、適正な投資規模とは何なのかを、中央政府と地方政府が対等に議論し、それを盛り込んでいく仕組みが必要になる。破産制度については、現状では債権団体指定という、一定以上に財政状況が悪くなると国が介入して地方に債券の発行を抑制する仕組みがある。自由度が増すと、地方が自由に債権を発行でき、抑制する仕組みがなく、安全面において歯止めがきかないことも考えられる。そのような結果、万一失敗した時に、地方の首長をはじめ、それを認めた議会が辞任をし、自治体の官民が応分の負担で負債を負担するという厳しい制度も考えるべきかもしれない。

また大きな課題として、地域格差の問題もある。「地方」と一口に言っても、東京や横浜のように、人口、経済資源、情報が集中しているような地域と、島根や青森などの過疎地で、地域に必要な行政を地域からの税収で賄えない地域もある。

現状の地方財政は大きく交付税制度に依存している。地域の基準財政需要と基準財政収入との差額を、交付税という中央からの税収移転によって賄うことになっているということである。ちなみに、基準財政需要とは、地域の人口や道路の長さ、農地配分などに見合って必要な財政支出を積み上げた総額のことである。

その交付税が、地域の自律的な努力を減殺するという批判がある。地域が熱心に行政改革すると、基準財政需要が増え、その結果、交付税が減ってしまうのである。あるいは、地域が産業振興して税収が増えると、交付税が減るということがある。このように、努力に報いた仕組みではないという批判である。近年の改革によって、特に行政改革での経費削減25%は留保分として交付税を残すことになった。すると、大規模な行政経費を使っている所では、行政改革するというインセンティブが働く。

しかしながら、これは皮肉なことに、地域間格差を拡大する傾向にある。東京などは行政改革をすればゆとりがでるし、人材や情報などでも恵まれているため、効果が得られやすい。一方、地方はもともと行政改革費が少ないので、メリットが無いのである。地域に根付いた産業も起こりにくい。すると、努力に報いる仕組みの下でも格差拡大を招く。純粋な努力に報いる仕組みではない。

純粋に努力に報いる仕組みが必要である。どうすればいいのだろうか?その答えは、おそらく、超巨大都市と全国十数か所の政令指定都市、人口数十万人程度の中核都市と基礎自治体という市町村、過疎地等のそれぞれの状況を考慮し、構造や制度的にもそれぞれ別の扱いをするということで議論を進める方がいいと、私は考えている。

最後に、過疎地の自律的な活性化戦略を支援する必要についても触れたい。2005年から日本の人口は減少に転じており、東京や沖縄のように人口が減らないところもあるが、多くの地域では人口減少になる。そうすると、人口が減少してくる地域はますます疲弊していくので、経済縮小の悪循環に陥る。それをどう食い止めるか、あるいは次世代の発展にどう繋げるかの新しい戦略が模索されている。このままだと、日本の各地は、補助金や交付金が減り、税制優遇が難しくなる、工場誘致が難しくなるということで、非常に厳しい経済展望である。

その中で、有力な戦略が浮上している。それは、大都市の高齢・退職世代の方々を、過疎地であっても、空気と水が綺麗で新鮮な食材があり、静かで、ストレスの無い環境という条件、すなわち、環境や健康に有利な条件を備えた地域に誘致するというものである。地域の持つ魅力をみんなに訴えて、それを人口集中地区の人に理解してもらい、楽しんで訪ねて来てもらう「戦略観光」である。そして、やがて地域を気に入ってくれた人に定住してもらうのである。このような問題についても「地方分権21世紀ビジョン懇談会」で精力的に議論を進め、このような戦略を支持する地域を支援することを課題にしている。

いずれにしても、このままでは、人口の減少とグローバル競争による地域の空洞化が進行して、地域の経済財政状況は厳しくなることは目に見えている。そういう状況をふまえて、限られた資源を有効活用する地方制度を構想して構築してゆくことは、日本にとって急務である。