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所得格差問題について

2006年2月9日(木曜日)

最近日本では、所得格差問題が改めて関心を呼んでいる。かつて日本は、先進国の中では税引き後の所得格差が最も少ない国とされていたが、近年の経済改革の中で、少しずつ所得格差が拡大してきているといわれており、その問題に社会的にも政治的にも関心が高まっているのである。

以前、このコラムでも触れたが、ホリエモンは、こうした時代において、若くして巨万の富を得た成功者として、人々の憧れの対象となった。他方、三浦展著「下流社会」という本がベストセラーになっている。それは、所得も低く、将来に希望を持てない人々が増えているという書物である。この問題が政治的意味を持ちつつあるというのは、小泉首相の推進する改革政策が、市場競争を強調するあまり、勝者と敗者の格差が大きくなってきているという批判的な見方をする人々が出てきているからである。

日本は、戦後の高度成長時代を通じて、税引き後所得がスウェーデンよりも平等な国として知られていた。1970年代以降の日本では、国民の意識調査をすると、大部分の人は「自分が中流である」と答えており、それは「1億総中流意識」と評された。しかし、2005年の意識調査では、「自分は下流である」と答える人が若干増えており、かつての意識構造が崩れつつあるように見える。ITベンチャーの長者達が生まれる一方で、対極には長期不況の中で、サービス残業を強いられたり、失業せざるを得なかった人々が増えたことも影響しているかもしれない。

所得の不平等をとらえる指標としてジニ係数などいくつかの指標があるが、それらの指標で見る限り、ここ数年非常にわずかだが格差が拡大していると考えられる変化が認められる。その内容を分析すると、実際には、意識調査が示唆しているような同世代内の金持ちと貧乏人ということよりもはるかに大きな格差拡大要因が明らかになる。それは、日本の人口構造の高齢化である。高齢者層は若年者や中年者と比べると、もともと同世代内の格差が大きい。高齢者世代ではその大部分は、職業生活を終えて退職生活に入り所得が少なくなるが、一部の高齢者は経営者や資産家などで、所得や資産の格差が若い世代よりはるかに大きい。人口構造の高齢化が進むと、世代内格差の大きい高齢者世代が増えるため、それらはジニ係数に表れる。そのような背景を考えると、近年のジニ係数上昇は微小であり、むしろそれにしては所得格差は小さいといえる。

日本において、戦後の成長時代に所得格差が縮小した最大の原因は、経済成長過程で所得が増え続けたことである。つまり、経済成長する過程では、高技能者から優先的に雇用されていくが、高技能者が吸収されても、すぐ次の階層が控えているので、それほど彼らの所得水準は上がらない。しかし、経済成長が続き、低技能者まで雇用されることになると、最後には労働力全体が枯渇するという労働力不足に陥り、最も技能の低い労働者階層の賃金上昇が著しく高くなる傾向がある。その結果、経済が急速な成長を続けると、低賃金階層ほど賃金上昇率が高くなり、所得分布が縮小する。これはどの国でも経済発展過程に見られる現象であり、日本でも戦後の高度経済成長時代にこの現象が見られた。

つまり、所得分布が縮小する最大の要因は経済成長であり、今日の日本経済の成長を促進する戦略は構造改革である。そうであるとすれば、構造改革が格差を拡大したという一部の議論は全く間違っている。

しかしながら、こうした経済構造の変化とは別に、社会現象として、新しい救済の方策を考えなくてはならない人々が増えていることも事実である。例えば、家を離れ、仕事にも就かず、路傍や駅の構内や川べりなどでテントの中で暮らすテント・ピープル、あるいはニート(young people Not in Education, Employment or Training)と呼ばれる若者達、あるいは管理監督されることを嫌い、社会保険の負担を忌避して、その日その日のアルバイトで暮らすフリーターなどといった人々が社会現象として目立つ存在になっている。

これは、日本だけではなくヨーロッパや米国などにもひろく存在する豊かな社会の病理現象である。ニートやフリーターの大部分は親の所得や資産に依存して生きている。またテントピープルの多くは心理的に自らを社会から断絶している人が多い。こうした人々の発生は、豊かな社会の病理現象であるとはいえ、ひとたびそうなってしまうと、正常な雇用に戻ることはなかなか難しい。

したがって、こうした社会病理現象に対しては新しい政策やケアが求められる。イギリスの経験を振り返ると、マーガレット・サッチャー首相は自由と競争と自己責任を訴え、根本的な改革によってイギリス経済を立て直し、経済に成長力を与えた。それをうけたトニー・ブレア首相は、サッチャー政権ではその過程でなおざりにされた社会的弱者に焦点を合わせ、彼らの労働市場復帰、社会復帰に特別なプログラムを要しようと試みた。

日本の小泉政権は、強力な改革によって経済に成長力を取り戻そうとしているが、それと同時に豊かな社会の病理現象に対し、きめ細かいプログラムが求められる時が来ているように思う。