富士通総研

医療制度

2005年11月15日(火曜日)

国の医療費の削減が、小泉構造改革の重要な課題として浮上している。厚生労働省が10月19日に発表した「医療制度構造改革試案」によれば、現行制度を継続した場合の医療給付費は2015年に40兆円、2025年には56兆円になると予測されている。保険適用していない医療費を考慮すると、もっと大きな国民負担になっている。経済財政諮問会議は、医療費のとめどがない拡大が国民にとって耐え難い負担になると同時に、財政問題の解決が遅延することを懸念し、医療費の抑制についてマクロ経済指標と連動させるという策を打ち出してきた。

これに対して多くの医療関係者や厚生労働省は、マクロ経済指標に連動させて医療費を抑制することは、医療政策に馴染まないとして反対してきた。経済財政諮問会議における民間議員の試算は厚生労働省とは異なり、2015年には35兆円、2025年には42兆円にとどめたいと言う目標をガイドポストとして提案してきた。

小泉新内閣が組織され、この問題は具体的な政策決定の課題になり、関係者の間で激しい論争が行われている。

私見では、医療費の際限の無い膨張に、ある種のマクロの数量目標をふまえて一定のコントロールをすることは重要だと考える。ただ、マクロの数値目標を設定すれば、医療費の伸びを適切にコントロールできるかというと、事態はそれほど容易ではない。なぜならば、医療費膨張の最大の原因は高齢化だからである。若い人と高齢者の医療費は平均的に見て数倍の開きがある。国民の年齢構造が高齢化していけば、医療費の増加は避けられない。

医療には「治療型」の医療と「予防型」の医療がある。治療型の医療では、高齢化するほど医療費がかかることになる。これに対し、効果のある予防型の医療が進めば、高齢化にともなって医療費は増大するけれども、その増大の程度はある程度抑制できる。日本の医療は伝統的に治療型の医療で、予防型医療の発展も政府の取り組みも、先進国の中では、かなり遅れている。その結果、高齢化に伴う医療費の加速的な増大が避けられなくなってきたという傾向がある。そうした構造を変えずに、数量目標だけ掲げても十分な効果は期待できないだろう。数量目標を掲げると同時に、医療のサービスとコストならびに価格(costing & pricing)の構造を変える必要がある。解りやすく言うと、医師・医療機関・製薬会社・患者それぞれに彼らが合理的に行動すると、おのずから医療費が縮小するような仕組みを組み込む必要がある。

三つの例を挙げよう。第一に、製薬会社にとっては、薬価差(公定価格と実際の製造コストの差)を圧縮することである。そうすると、生産性の低い薬剤メーカは存続しえなくなり、生産性の高い製薬会社の競争を通じて、薬剤価格そのものが引き下げられてゆく。

二番目に、診断群別包括支払(DRGPPS:Diagnosis Related Group / Prospective Payment System:診断群別包括支払い方式の略。)である。これは、多くの疾病の治療について、標準的な価格を設定し、その標準価格を超えた場合は、保険適用しないという制度である。この制度では、医師も医療機関もコストのかかる治療法を避け、医療費を節約するようになる。医療サービスの中身を劣化させると競争に負けるので、医療サービスの質は維持したまま、できるだけ安い費用でサービスを提供しようとするインセンティブが働く。

第三に、償還払制度である(reimbursement)。まず、医療機関が患者にかかった医療費の全額を請求し支払わせる。その後で保険負担分について償還払いをする。解りやすく言うと、風邪を引いて病院に行った時に、3千円で処方を受ける例を考えよう。総額は1万円かかっているので、患者はまず1万払う。後ほど7千円が償還されることがわかっていても、1万円という金額は多額なので、早寝早起き、規則正しい生活、バランスのとれた食生活等に気をつけるようになり、病院へ通わなくなる。

これらは、ミクロのインセンティブ・スキーム、つまり患者や医師や薬剤メーカが合理的に行動すると、おのずと医療費を削減せざるをえない仕組みである。このような仕組みの結果、全体として医療費は削減される。

このようなスキームを組み込んで、医療費全体の節約を実現するように政策が推進される必要がある。これらの議論は、専門家の間でも、経済財政諮問会議でも、ある程度行われてきているが、医師会や製薬会社、その他利害関係者の抵抗により、仕組みの導入が成功していない。しかし日本でも、アメリカにおけるDRGPPSの日本版として、2003年4月よりDPC(Diagnosis-Procedure Combination:診断群包括評価制度の略。)が全国82の特定機能病院で導入されたことは評価すべき動きである。

質を落とさずに医療費を削減するという目標に向かって、政権がミクロのスキームを強力に組み込んで、目標を実現することを望みたい。