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米軍再編と沖縄の基地問題

2005年11月10日(木曜日)

米軍の世界展開が、歴史的なトランスフォーメーション(transformation:再編)の過程にある。それはいくつかの重要な環境条件の変化に対応するトランスフォーメーションである。

第一に、「テロリズムへの対応」である。戦後の冷戦対立構造が終わり、米軍の基地管理の対象が共産圏諸国との武力衝突というような課題よりも、テロリズムのような目に見えない突発的な(invisible)、しかし致命的な(fatal)事件に対応する重要性が高まったことが挙げられるだろう。第二は、「財政負担」である。共産諸国を包囲する形での世界各国に前進基地を展開し維持運営する費用負担が過大になり、そうした財政負担の縮小が重要課題になっていることである。第三に、「技術革新」である。通信や運搬手段の技術革新が進み、かなり離れた地点からでも緊急時の米軍の急派が可能になってきたことが挙げられる。これらの大きな環境条件の変化に基づき、米軍はこれまでのように世界各地に展開した大規模な前進基地群を縮小し、やや距離の離れた戦略拠点に機能を集中するとともに、情報・ネットワークの拠点としての指揮命令系統のより効率的な世界的再編成をはかろうというものである。

そうした大きな再編戦略の中で、日本については、いくつかの抜本的な展開(deployment)の再編が行われる。極東における戦略展開の司令部機能の一部を米陸軍第一軍団指令部(米国ワシントン)から座間(神奈川県)へ移転させること、沖縄の海兵隊の7千人のグアム島への移動、沖縄の中南部基地の集約などである。

この大局的な米国の戦略転換との関連で、その重要な一環となる沖縄でやや困難な問題が浮上している。それは、1996年沖縄における少女レイプ事件に端を発した基地のあり方を見直す協議の結果、焦点となった沖縄の人々の長年の要請であった普天間基地の移転に絡む問題である。
普天間基地は住宅の密集した地域にあり、事故などがあればその被害が甚大なものになる。そうした基地を、もっと被害の広がりが少ない基地に移すことで、沖縄の人々の負担と不安を軽減しようという方針が日米間で合意された。普天間基地を移転し、名護市・辺野古地区沖合いの珊瑚礁の上に新しい滑走路の基地を作ることについて、稲嶺知事は、15年間の期限付きとすること、また民間用の滑走路も併設することという条件をつけた。この条件は、アメリカ側にとっては必ずしも受け入れやすいものではなかったが、政府と地元関係者の真剣な努力の結果、両国政府間で合意され、閣議決定も行われた。

基地移転の合意を受けて、その執行が行われる段階に入り、基地建設の環境上の影響など基礎調査が行われる段階になったが、その後数年間それが遅々として進まなかった。そして今年の夏以降、日米政府間の協議の中でにわかに、その移転案ではなく、陸上のキャンプ・シュワブ沿岸にやや規模を縮小した基地を作る案が浮上し、米軍再編案の一環として両国政府間で合意がなされたのである。

日本政府は、普天間基地の移転また中部基地の集約による牧港地区などの基地の一部開放、那覇空港の空域規制解除による機能の拡大、そして7千人の海兵隊のグアム島移転など、多額の費用を伴う再編が沖縄にとってメリットがあるとして地元に受け入れを要請したが、地元はこれまでの努力を無視されたとして、強い反発を示している。

国防は、基地も武器も大切であるが、最大の支えは国民の理解と支持である。とりわけ、基地の負担を集中的に担っている沖縄の人々の理解と支持は、日米軍事同盟を支える最大の要である。

今回の基地移転の動きは、沖縄の人々の理解を十分に得るための、誠意あるきめの細かい説明の努力が欠けていた面は否めない。日本政府の関係者が、理解と信頼を得ることの重要性をもっと深く認識し、また沖縄の人々がその誠意を受け止めるため、相互に密接な理解の努力が進められることを期待したい。