大気分子による太陽光吸収の計算(line-by-line計算)
太陽掩蔽法では、地球大気を通過した太陽光のスペクトルを観測し、その吸収度合いから大気中の分子の存在量を推定します。地球大気による吸収は、太陽光の波数(注)によっても大気の物理状態(気温、気圧など)によっても異なります。これらの条件を加味して光の吸収量を計算することを「放射伝達計算」と言います。放射伝達計算は、ILAS-Ⅱデータ処理運用システムの中核をなす重要な処理です。ここでは、ILAS-Ⅱデータ処理運用システムで用いている放射伝達計算のアルゴリズムについて紹介します。ただし、アルゴリズムそのものは汎用的なものですので、同じ方法を用いればガス中を通過する光の吸収を広く計算できます。
放射伝達の計算式
大気に入力した光の強度を1としたときに、大気通過後に出力される光の強度を「透過率」と言います。波数 υ の光の透過率は以下の式で計算できます。

ここで、空気密度を ρ 、各ガスの混合比を Χg、ガスごとの吸収係数(後述)を kg としています。p、T は、それぞれ気圧、気温を表します。Χgρに微小光路(ds)を掛けた値は区間 ds にわたる気柱密度になります。これに吸収係数を掛けて全光路にわたって積分することで、出力光の透過率が得られます。
吸収係数の計算式を以下に示します。

各ガスによる吸収は、「吸収線」の和として表せます。個々の吸収線は以下に示すフォイクト(Voigt)線型に線強度 Sl を掛けた形になります。υl は吸収線の中心波数を表しています。

フォイクト線型の幅の広がりを表すパラメータは二つあり、それぞれ、ドップラー幅(αDl)とローレンツ幅(αLl)と呼ばれています。
ドップラー幅、ローレンツ幅と線強度の詳細について以下に示します。
ドップラー幅
ドップラー幅は、大気分子の熱運動による吸収線の広がりを表します。

ここで、k、m、avはそれぞれ、ボルツマン定数、分子量、アボガトロ数を表します。
ローレンツ幅
ローレンツ幅は、分子どうしの衝突による吸収線の広がりを表します。

ここで、αL0l は標準状態(気圧p0、気温T0)におけるローレンツ幅を表し、tnl はローレンツ幅の温度依存性を表す定数(ローレンツ幅温度係数)です。
線強度
線強度は通常、標準状態(気温T0)における値sl に気温に関する補正項を掛けて計算します。

補正項には三種類あり、上の式では、それぞれ、Q、B、SE で表しています。
補正項Qは、分配関数を表します。分配関数の名目的な計算式は以下の通りです。

(ここで、εj、gj は分子のエネルギー準位とその縮重度を表します。) ただし、この式を直接用いて分配関数を計算することはほとんどありません。実用的な分配関数の計算式については後述します。
補正項Bは、ボルツマン因子です。

ここで、h、c、El は、それぞれ、プランク定数、光速、吸収線の遷移前エネルギー準位を表します。
分配関数とボルツマン因子はそれぞれ単独で作用するというより、比の値(B/Q)として作用します。B/Qは正準分布においてエネルギーEl をもつ分子の割合を表します。この割合が気温によって変わるため、線強度に補正が必要になります。
最後の補正項SEは誘導放射による補正を表します。計算式は以下の通りです。

分配関数の計算
分配関数の計算に以下の近似式を用いることが出来ます。
この式で、a、b、c、d は分子ごとに異なる定数を表します。吸収線のデータベースであるHITRANより、定数 a-d は取得できます。それらの定数を用いた場合の計算誤差は、70K から415Kの間の気温で、1%未満と言われています。
吸収線データベース
以上で紹介した放射伝達の方程式を用いて光の吸収を計算するためには、吸収線に関するデータを入力する必要があります。そのようなデータを集めたデータベースとしては「HITRAN」が有名です。HITRANを参照するとこれまでの式に現れた以下の未知変数を全て得ることが出来ます。
- 中心波数 υl
- 標準状態におけるローレンツ幅αL0l
- ローレンツ幅温度係数 tnl
- 標準状態における線強度 sl
- 遷移前エネルギー準位 El
(注) 分光に関するパラメータとしては「波長」が一般的ですが、大気科学の分野では「波数」が良く用いられます。波数は波長の逆数です。
