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富士通アドバンストソリューションズ

Japan

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English Garden


特集  幕末の日本人漂流民ジョセフ・ヒコ

  このコーナーでは、特集として1859年の横浜港開港と同時に帰国した漂流民のジョセフ・ヒコを取り上げています。
  難船して漂流し、アメリカ船に救われたヒコ、幼名彦太郎は、アメリカで教育を受け、実務を学びました。その間にカトリックの洗礼を受け、キリスト教禁制の日本に帰るため止むなくアメリカに帰化し、ジョセフ・ヒコを名乗ります。帰国後は、アメリカ彦蔵などとも呼ばれ、自分では正式名称として浜田彦蔵を使いました。
  1859年7月、9年ぶりに帰国してからは、いわゆるバイリンガルの特質を生かしてアメリカ領事館通訳として活躍しますが、幕末の攘夷の嵐にもまれて結局は領事館をやめることになります。しかし、外国の事情を日本人に伝えることを使命と考え、貿易の仕事にたずさわる傍ら、日本初の日本語の新聞「海外新聞」を発行します。
  後には伊藤博文や木戸孝允らに会ってアメリカの政治システムを説明し、憲法草案ともいうべき「日本改革建言草案」を提出するなど日本の近代化に尽くし、明治新政府の要人たちにも影響を与えました。