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「100年継続する企業」はここが違う
明治26年創業の「イシダ」「カイハラ」「ミロク」の経営に学ぶ
「事実は小説より奇なり」というが、最近奇しくも明治26年創業の会社を3社相次いで取材する機会を得た。流通・産業用ハカリのトップメーカーの「イシダ」(石田)、ブルージーンズ用のデニムで50%を超えるシェアを持つ「カイハラ」(貝原)、猟銃のトップメーカーの「ミロク」(弥勒)の3社だが、いずれもが創業113年を迎えたいまも好業績を挙げているのだから驚く。なぜ長きに渡って生き残ることができたのか。3社の共通項を探りながら分析してみたい。
創業家の名前が、表記はカタカナに変わっているものの、そのまま社名になっていることに、まず注目したい。「ミロク」だけが株式を公開しているが、創業家の一族が大株主であり経営の舵取りにあたっているという点では3社同じで、家業型の企業なのだ。
最近は、「パロマ」を例に家業型企業の問題点が指摘される。しかし、3社の場合は、パロマとは逆に、家業型の強みを前面に出すことで勝ち残ってきたといえる。
113年の歴史の中で3社ともに危機的状況に何回か陥っている。
例えば、「イシダ」は、度量衡法が改正されたときに、「カイハラ」は、プラザ合意後の円高で輸出が激減したときに、「ミロク」は多角化に失敗したときにといった具合にだ。
3社はともにそうした危機を、我慢強く粘り、リスクを自ら負うことで乗り切ってきたのだが、現経営者は、異口同音に、「プライベートカンパニーだからできたこと」だという。
中小企業の場合は、家業型が圧倒的に多い。上記の3社のようにその強さを活かすのか、「パロマ」のように、そのデメリットが出てしまうのか、それは現在舵取りをする経営者次第だと思える。生意気なようだが、心していただきたいものだ。
いまひとつの共通項は、「ニッチな市場で高いシェアを獲得」してきたところにある。
流通・産業用のハカリ、ブルージーンズ用のデニム、猟銃、いずれもが大きなマーケットではない。しかし、3社は、限られた経営資源を小さなマーケットに集中して向けることで圧倒的なシェアを獲得してきたのだ。とはいっても大手との競争がなかったわけではない。いずれもが、大手の参入があったが、「自分たちにはこれしかない、何としても生き残るんだ」との強い思いで今日の地位を確保してきたのだ。
「カイハラ」を例に説明する。
同社の、海外輸出での1番のライバルは、大手紡績会社と提携した商社だった。1985年のプラザ合意後の急速な円高で、輸出については採算が極端に悪化した。
このとき、幅広く事業を展開していた大手のグループは、デニムの輸出からいとも簡単に撤退した。しかし、デニム専業の「カイハラ」は、売上げの3割を占めていた輸出を無くすわけにはいかなかった。生産効率を高める一方で、為替リスクを自ら負って輸出を続けた結果、最大の顧客でもあったリーバイスから圧倒的な信頼を得て、今日にいたっているのだ。
「イシダ」の場合も、デジタル化の波とともに大手弱電メーカーが参入してきたことがある。このとき「イシダ」は、専業メーカーの強みを活かして、大手にはできない、きめ細かいどぶ板営業と質の高いサービスを徹底することで、大手との競争に打ち勝っている。
ニッチな市場であっても、有望だと思えば大手企業が参入してくる。このときに、自らを弱者と考えて、戦わずして負けてしまうようでは生き残れない。精神論にすぎるかもしれないが、「これしかない」の思いで自らの強みを徹底的に発揮することのできる企業が長きにわたって生き残れると指摘しておきたい。
著者プロフィール
疋田 文明(ひきた ふみあき)
有限会社 ABO
経営コンサルタント・元気塾主宰- 日本交通公社(JTB)勤務後、中小企業経営者を対象とした各種セミナーの企画・運営会社等々を経て、1979年に竹村健一未来経営研究会を企画設立し事務局長に就任。1986年に竹村健一氏のもとから独立。現在、フリーランスのライターとして活躍中。
http://www.hikita10.jp
[2006年9月14日 掲載]
- 第112回 成功に至る道は無数にある
- 第113回 「100年継続する企業」はここが違う
- 第114回 『庄や』『やる気茶屋』を中心に躍進する大庄の経営に学ぶ-その1
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