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孫子の兵法「彼を知り己を知れば百戦危うからず」と経営

~ライバル企業研究の研究と対応のあり方を考える~

経営の現場を取材していて痛切に感じるのは、「経営の世界では成功に至る道は無数にある」ということだ。10年ほど前からそうした思いを持つようになり、講演会のおりにも筆者はその種の話してきたし、本シリーズの中でも何回か書いてきた。連載第38回では、日産自動車のカルロス・ゴーン社長の「成功への処方箋はいくつもある」との発言も紹介している。またかと思われるかもしれないが、今回はこの考えをより深く検証してみる。

ゴーン社長の先の発言は、TV番組で、トヨタと比較して質問されたときに出たものだった。トヨタは、乾いた雑巾を絞るといわれるほど厳しい管理で知られている。協力会社に対しても厳しい要求をするといわれているが、切り捨てることはない。どうしてトヨタのように出来なかったのですか、と聞かれたときに出てきたのがこの言葉で、その後、「トヨタにとっていいことが日産にとっていいことではない。日産にとっていいことがトヨタにとっていいことではない。」と続けられた。

筆者はこうした考えが今の企業経営では一番重要だと考えている。ゴーン社長は、いみじくも処方箋という言葉を使われたので、病気の治療を例に考えてみたい。医者は、病人の身体を診断した上で処方箋を書く。それぞれ身体の具合が違うのだから処方箋が違ってきて当り前。企業経営の場合にも同じことが言える。各社各様に置かれている状況が全く違うのだから処方箋が違ってきて当り前のことなのだ。ゴーン社長がトヨタの経営を任されたのなら、全く違う処方箋を書くに決まっている。

いまは、他社と違った処方箋の書ける企業が元気印企業になっていると考えてもいい。単純には、他社と違った戦略をもち得た企業が勝ち残り、他社の物真似をしてきた企業が衰退しているということだ。ただし、日本の企業人で、物真似でいいと思っている人はいないと思う。ほとんどの企業人は、「同業他社と同じ事をしていては勝てない」ともいう。ところが現実は、経営の世界では物真似が横行している。

なぜ口で言っていることと現実の行動とが違うのか。筆者は、日本の企業人が同業他社のことを気にしすぎているからではないかと考えている。孫子の兵法に曰く、「彼を知り己を知れば百戦危うからず」――この考えは、いまのビジネスにも通用する。それだけに、ライバル企業の動向を研究することは大事なのだが、その後の対応に問題があると筆者は考えている。

ライバル企業を研究すればするほど、自社とは違ったやり方で顧客の支持を得ていることが分かる。他社のやり方が気になりとらわれ、結果として同じことをやってしまっているのではないだろうか。なぜライバル企業の研究をするのか、それは同じことをやらないためにであり、他社以上のことをするためにだとお考えいただきたい。

それに、孫子の言う「彼」=ライバル企業と単純に考えないほうがいい。ビジネスにおいては、「彼」に相当するのは、時代の変化であり、顧客のニーズの変化と考えるべきなのだ。ライバル企業の研究に時間とお金をかけて、同じことをやるぐらい愚かなこともない。それよりも、時代、顧客のニーズの変化の研究に時間もお金も費やしたほうがいいのではないか。

孫子の教えに従うのなら、「彼」の研究以上に「己」を知る努力をする必要がある。ゴーン社長は、「現場の話を丁寧に聞いて回ることで問題点を浮き彫りにして」処方箋(日産リバイバルプラン)を書いたことで成功している。マクドナルドの藤田田会長は、「ビジネスは現実の上に成り立っている」といって、店舗を見て回ることで経営戦略を練っている。(連載第48回参照)

当然のように、ゴーン社長、藤田会長ともに、ライバル企業の研究も人一倍やっておられるだろうが、それ以上に「己」を知ることにも時間とお金をかけていることを知っておいて欲しい。

「理想を掲げるのはいいがそれで終わっていてはいけません。現場を見た上で、理想に近づけるためにどうしたらいいかを考えるのが経営です」――この藤田会長の言葉は実に示唆に富んでいると、筆者は考えている。

著者プロフィール

疋田 文明(ひきた ふみあき)
有限会社 ABO
経営コンサルタント・元気塾主宰
日本交通公社(JTB)勤務後、中小企業経営者を対象とした各種セミナーの企画・運営会社等々を経て、1979年に竹村健一未来経営研究会を企画設立し事務局長に就任。1986年に竹村健一氏のもとから独立。現在、フリーランスのライターとして活躍中。
http://www.hikita10.jp

[2002年9月20日 掲載]

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