電源装置を省電力化、小型化するトランジスタ
「窒化ガリウムHEMT(ヘムト)」

富士通研究所は、電源装置を省電力化する新構造の窒化ガリウムHEMT(高電子移動度トランジスタ)を開発。電力損失が3分の1になるためデータセンターなどのCO2を削減できるとともに、電源装置の小型化を実現します。
電子機器の消費電力の30%以上は電源装置の発熱で失われる
近年、グリーン化を重視した技術開発が重要となっています。なかでもCO2削減に直結する、IT機器や家電、自動車に搭載されている電子機器の消費電力削減は、産業界において、最も注目度の高いテーマの1つです。
電子機器の消費電力は、その全てが動作のためだけに消費されているわけではありません。電源装置で発生する発熱によって失われる、いわゆる「電力損失」が生じます。この電源装置による電力損失は、電子機器全体の消費電力の30%以上を占め、加えて、発生した熱の対策のために冷却装置も必要となり、消費電力のさらなる増大を招きます。
一般に、家庭用コンセントなどから供給される交流電力は、ほかにさしている機器の影響を受けて電圧などが変動します。そこで電子機器は、不安定な交流電力による故障や事故の発生を防ぐために、電源装置内の安定化回路で交流電力を安定させ、次に降圧回路で電圧を降圧した後、直流電力に変換します。

電源装置内の降圧回路では、トランジスタ(注1)を用いて、電力の通電と遮断を切り替えることで高周波の交流電力を生成します。この切り替えが高速であるほど、電力損失が少なく、また、電源装置の小型化に有効な、周波数の高い交流電力を生成することができます。しかしながら、多くの電子機器で使用されているシリコン素材のトランジスタの場合、通電状態の電力損失(オン損失(注2))と、通電状態と遮断状態を切り替える時の電力損失(スイッチング損失(注3))が大きく、これらの損失を合わせると、電源装置の電力損失に占める割合は3分の1以上にもなります。
こうしたシリコントランジスタの課題から、電力損失の低い新しい素材のトランジスタや回路の開発が活発におこなわれてきましたが、電源として求められる高いオン電圧(注4)と電流密度を確保することが難しく、これまでどの技術も実用化にいたりませんでした。
電源装置への適用が実現した高耐圧の窒化ガリウムHEMT
高速・低雑音性にすぐれたHEMT
富士通研究所は、1979年、高速・低雑音性にすぐれた化合物半導体による高電子移動度トランジスタ「HEMT(High Electron Mobility Transistor)」(注5)を開発しました。HEMTは、これまで高周波・高速無線通信機器の増幅器に広く使用されており、その理由は、電子を動きやすくする構造の工夫にあります。
シリコントランジスタでは、電子を供給する層とその電子が移動する層が同じため、電子の流れが乱され、トランジスタとしての動作が遅くなり、これが電力損失を多くする原因ともなっています。一方のHEMTは、電子を供給する層とその電子が移動する高純度のチャネル層を分離することに加えて、移動する電子を極端に薄い平面に閉じ込めて電子の乱れを抑制し、電子の高速移動を実現しました。

世界初、電源装置向け窒化ガリウムHEMTを開発
HEMTのなかには、発明当初の「ガリウム砒素HEMT」(GaAs-HEMT)のほか、「インジウム燐HEMT」(InP-HEMT)や「窒化ガリウムHEMT」(GaN-HEMT)があります。なかでも、GaN-HEMTは、耐圧(注6)が高いことから、電源装置向けトランジスタとして現在、最も有望視されています。これは、化合物半導体として採用されている窒化ガリウム(注7)が、シリコンに比べて10倍の耐圧を持つ壊れにくい材料であり、トランジスタ内の電極間の距離を短くすることが可能となるためです。

富士通研究所では、窒化ガリウムHEMTの開発を重ねていくなかで、2009年6月、サーバ、PC、家電などに適用可能な、電源装置向け窒化ガリウムHEMTの開発に成功しました。待機状態に電流を完全に遮断することを可能にする独自の三層キャップ構造(n型窒化アルミニウム層をn型窒化ガリウム層で挟んだ構造)に加えて、次の2つの技術を新たに開発し、電源装置用として実用性のある性能を世界で初めて達成しました。

ポイント1: ゲート掘り込み構造
ゲート電極を、直下にn型窒化アルミニウムガリウム層をわずかに残して掘り込みます。これにより窒化ガリウム電子走行層がダメージを受けずに高いオン電圧を得ることができ、待機時の完全な遮断性能と通電時の高速性能が確保されます。
ポイント2: 平坦なゲート電極面
ゲート電極の絶縁体に、原子レベルの平坦性を持つ酸化膜を採用。これにより通電時にゲート電極へ走行電子が流れ込む現象が抑制されるため、信頼性の高い通電動作が可能となり、通電時の電流密度が向上します。
電力損失を従来の3分の1程度に
新構造の窒化ガリウムHEMTは、オン損失においてシリコン比5分の1、スイッチング損失においては100分の1と、シリコントランジスタを大きく下回る電力損失を実現しました。サーバ向け電源装置に搭載した場合、変圧器などのトランジスタ以外の損失が動作周波数を3倍にすることでシリコン比が2分の1となることから、電源装置の電力損失を3分の1程度にすることが可能となります。

さらに、国内のデータセンターの全サーバに適用した場合、サーバの発熱量低減による空調の省エネ効果も含め、データセンターの消費電力は12%低減され、日本全体で年間33万トンのCO2削減効果を期待できます(注8)。これは、東京ドーム133個分、杉の木2,357万本に相当します。
富士通研究所では現在、今回開発した電源装置向け窒化ガリウムHEMTのサーバ製品などを2011年度中の実用化を目指し、さらなる研究を進めています。
電源装置の小型化に向けて
窒化ガリウムHEMTは、これまで、高速化・高周波数化が進むさまざまな通信機器の増幅器として使用されてきました。特に携帯電話基地局では、省エネ・省スペースが実現することから設置が容易になり、携帯電話の普及に大きく貢献しています。このほか、一般家庭用衛星放送受信アンテナや、GPSを利用したナビゲーションシステム、広帯域無線アクセスシステム(WiMAX)など、IT社会を支える基盤技術です。
今回、電源装置への適用が実現したことで、さらにその役割は飛躍的に拡大します。これまで動作周波数が低く、変圧器などを小型化することが困難でしたが、窒化ガリウムHEMTによって、電源装置内のほかのパーツの高速動作が可能になります。これが実現すれば、ノートPCなどのACアダプターを10分の1程度に小型化できると考えられ、将来、ノートPCのアダプターレス化につながる画期的な技術として業界・メディアからも高い注目を得ています。
富士通研究所では、今後も、富士通グループのプロジェクト「Green Policy Innovation(注9)」の一環として、お客様の環境負荷低減を支援する省エネ化に向けた研究開発に注力していきます。
注記
- (注1)トランジスタとは :
- 信号の増幅機能やスイッチ機能を持った半導体素子。機器の基本機能を作る最小単位で、用途によってさまざまな種類があり、材質も異なる。
- (注2)オン損失とは :
- トランジスタが通電状態での電力損失。トランジスタの通電状態での抵抗(オン抵抗)に起因する。
- (注3)スイッチング損失とは :
- トランジスタが通電状態(オン状態)から遮断状態(オフ状態)に切り替わる時の電力損失。スイッチングスピードが遅いと電力損失は大きくなる。
- (注4)オン電圧とは :
- 通電状態と遮断状態を切り替える動作に必要な電圧量。
- (注5)高電子移動度トランジスタ HEMT(High Electron Mobility Transistor)とは :
- 1979年に富士通研究所の三村高志(現、富士通研究所フェロー)が発明した、高速・低雑音性にすぐれた化合物半導体によるトランジスタ。
- (注6)耐圧とは :
- ゲート電極とドレイン電極の間に印加することのできる最大電圧。耐圧以上の電圧を印加すると半導体は破壊する。
- (注7)窒化ガリウムとは :
- ワイドバンドギャップ半導体(半導体結晶中の電子が存在できないエネルギー帯の大きな半導体)の一つで、シリコン(Si)やガリウムヒ素(GaAs)など従来の半導体材料に比べ、電圧による破壊に強いという特長がある。
- (注8)データセンターの消費電力を12%低減、日本全体で33万トンのCO2削減の効果とは :
- データセンター内で、電源内トランジスタに今回開発した窒化ガリウムHEMTを使用した場合、サーバの消費電力低減効果は8%、冷却に関わる消費電力低減効果は4%が見込まれ、データセンター全体で12%の消費電力低減が可能となる。日本全体でのデータセンター電力消費量は年間77.2億kWh(総務省「地球温暖化問題への対応に向けたICT政策に関する研究会平成20年4月報告書」)であり、その12%の削減は、CO2換算で年間33万トンに相当する。
- (注9)Green Policy Innovationとは :
- 2007年11月から富士通グループが取り組む、「OF IT」「BY IT」を柱としたお客様の環境負荷低減に貢献するプロジェクト。
[2009年11月2日 公開]
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