20世紀の錬金術を主導した物理冶金学者
特殊合金のパイオニア 増本 量

金属研究のメッカ、東北大学金属材料研究所。
大正13年、同所でコバルト変態が世界で初めて確認される。
金属学の常識を覆すこの大発見は、入所して間もない助手、増本 量(ますもと はかる)によって行われた。
彼はその後、スーパーインバーやコエリンバーなど、画期的な特殊合金を次々と誕生させ、それらの発明によって得た特許は、94件にものぼった。
20世紀の錬金術を主導した物理冶金学者の研究人生を追う。
鉄の神様が与えた弟子への宿題
大正3(1914)年、第一次世界大戦が勃発した。その影響で、わが国は外国からの物資の輸入が極度に制限され、ことに鉄鋼は自給の必要に迫られた。
そこで大正5年、東北帝国大学理科大学(現在の東北大学)に、臨時理化学研究所第二部(のちに金属材料研究所と改称)が発足する。この研究所には、「鉄の神様」がいた。世界最強の磁石鋼として有名なKS鋼を発明した本多光太郎博士である。そして博士を中心に、強磁性金属の研究が進められた。
ちなみに強磁性とは、磁場によっていったん強く磁化されると、磁場がなくなった後も磁性を保ち続ける性質をいう。強磁性金属には、鉄、ニッケル、コバルトの三つがある。
この強磁性金属のひとつであるコバルトに、「変態」という現象のあることが、金属材料研究所で発見された。ときに大正13(1924)年。発見者は、東北帝国大学理学部物理学科を卒業し、金属材料研究所の助手になったばかりの増本量という青年であった。
このとき、鉄の神様・本多所長は、欧米の鉄鋼関係の学会からの招きで洋行中であった。所長が出かける直前、増本は所長に留守のあいだ何の研究を進めるべきか、お伺いを立てている。すると鉄の神様は、三河のお国訛りでこう言ったのである。「鉄とニッケルとコバルトの三元合金の物理的性質の研究をまとめてみるわなあ」。
金属物理学の定説を覆した研究助手による大発見
もとより強磁性金属の物理的性質の測定とその解明は、同研究所の大命題であり、一助手にしかすぎない増本に托すには、少々大きすぎるテーマであった。しかも、測定をするだけでも、本多所長が留守の8カ月の間にまとまるような簡単なものではないことは、当の増本も即座に了解していた。
とはいえ、ほかでもない本多所長の指示でもあり、所長が帰国の際は、この間の研究を報告しなければならない……。
そこで増本は、三元合金の測定にとりかかることはひとまず脇に措き、強磁性金属の個々の性質を徹底的に調べることを思い立つ。つまり、最先端の重点研究課題には手を付けずに、鉄、ニッケル、コバルトの個々の先行研究の資料をひもとくという、いわばこれまでの研究成果の基本的な復習にとりかかったのである。
当時すでに、日本の本多博士をはじめ欧米の多くの研究者によって、鉄やニッケルについてはかなり詳細な研究が行われていた。たとえば、鉄は温度を変化させることによって、結晶変態や磁性変態といった変態が起こる。それとは正反対に、ニッケルにはなんら変態が起こらない。こういったことが、すでにわかっていた。
だが、コバルトについては、H・ワイド博士や長岡半太郎博士、そして本多光太郎博士など、世界の第一線の研究者がそれぞれ異なる測定結果を示し、その解釈もまちまちであった。
ところで、金属は温度変化によって原子の配列を変え、それにともなって性質も変わる。それを金属の「変態」というが、当時の金属学界では、コバルトには変態がなく、常温時では結晶が六方格子と面心立方格子の混合体である、とするのが定説になっていた。
三つしかない強磁性金属の中で、鉄やニッケルについては変態の有無やその物性がほぼ解明されていた。しかし、コバルトだけはその物理現象が解明されてはおらず、斧鉞(ふえつ)を拒み続けていたのである。
そのことに気づいた増本は、本多所長が留守の間に、コバルトに関係する資料を片っ端からひもといた。そうして読みあさるうちに、「もしコバルトに2種類の結晶が共存するのであれば、その理由が解明されていないのは何故か?」と自問するのだった。そして、コバルトに変態はないとしたこれまでの定説そのものに大きな疑問を抱くのである。
かくして増本はコバルトに焦点を絞り、その物性の測定に着手する。
まず、純粋なコバルトを精製し、徐々に温度を上げながら磁気的、熱的、電気的な性質を丹念に測定していった。すると、摂氏477度の時点で急激な性質の変化が起こったのである。ラウエ写真で確認すると、コバルトの結晶は六方格子の形から、面心立方格子の形に変化していた。つまり、結晶変態が起きていたのである。
増本はとうとう従来の定説を覆し、コバルトに変態があることを世界で最初に発見したのである。
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