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植物生態学の先駆者 三好 學

高山植物の区分けを企て 生態研究に先鞭をつける

三好の「異質さ」は、本格的に植物学の世界に進むようになってから遺憾なく発揮される。驚かされるのは、やはりその超人的な行動力だ。

明治18年、東京大学理学部生物学科に入学した彼は、時には恩師の矢田部良吉教授に同行し、また、時には単独で日本各地の植物採集旅行に出かけている。植物採集といっても、この時代は大変だった。大学に入った翌年の夏、矢田部教授らとともに植物採集を行っているが、この時は新潟県と群馬県の県境にある清水峠に入り、さらに佐渡島、そして福島県の猪苗代まで全行程が24日におよぶ大旅行だ。

途中、荷物を運ぶ馬や人夫、馬車を雇うなどちょっとしたキャラバン隊の趣である。さらにその直後、今度は単独で木曽駒ヶ岳に登っている。この採集旅行は三好にとって重要な意味があった。駒ヶ岳の植物を山麓(さんろく)植物帯、喬木(きょうぼく)陰草帯、灌木(かんぼく)帯、草本(そうほん)帯に分けて、垂直分布を調べたのである。

その報告は『植物学雑誌』に発表されたが、この時期の日本の植物学はまだ分類学的な要素が強く、研究活動も採集が中心で実験などはほとんど行われていない。そういう時代、三好が初めて高山植物の区分けをもくろみ、その生態研究に先鞭をつけた。

「巨巖磊々(らいらい)五鬚松(ごえふまつ、はひまつ、ひめこまつ)其の間に布生し宛(あたか)も髭(ひげ)の如し、蓋(けだ)し風雪の為に伸生するを得ざるなり。岩根を検するに石楠(しゃくなげ)科の植物尤(もっと)も多し」--文学者を志しただけに、三好の文章からは、本人の息づかいが伝わってくる。

ちなみに三好の卒業論文は「邦産地衣類の解剖」である。地衣類は菌類と藻類が共生体を形成する一群の植物のこと。前述の酒井氏は、『評伝 三好 學』で、「従来、わが国においては地衣類に関する研究は全くなかった」と書いている。そして彼がこれを卒論のテーマに選んだ背景を、こう分析する。

「三好は日本で通常どこにもある代表的な幾つかの地衣類を選び、先ず外からの観察を詳細に記載し、次に各部分の組織を取り出して顕微鏡下でその微細構造を明らかにすることを論文の中核としたのではないだろうか……地衣類の解剖実験から、小さくとも新たな事実を発見することに努めた……」

身近なものでもよく観察し掘り下げることで本質を明らかにできる--これは彼の変わらぬ姿勢だった。

生命現象には「育つ部分」と「育てられる部分」がある

大学院生だった明治24年、三好はドイツ留学を命じられる。大学院生が公費留学をするのは珍しい。それだけ嘱望されていたということである。

留学期間が3年7か月。ライプチヒ大学で植物生理学の権威ペッファー教授の下、植物生理学を研究し、帰国後、東京帝大の教授に迎えられる。かつての小学校教員が帝大教授になったのだ。

ドイツで最新の植物生理学を学んだ三好の得たものは多かった。酒井氏は、種子の発芽を例にこう話す。

「種子が発芽する様子はみな同じです。しかし、発芽後に変化する様はそれぞれ違う。(生命というのは)環境によって育てられる部分と、環境に関係なくある原理によって自ら育つ部分の二つの側面があるということです」

「育つ部分」と「育てられる部分」の二つの側面を、生命現象は持っている。どちらが欠けても生命は成り立たない。人間も同じで、三好はそのことをはっきりと認識していた。

明治の後半、環境保護の重要性を訴えて、巨樹や名木、天然記念物の調査に精力的に取り組み、「史蹟名勝天然記念物保存法」(大正8年公布)の制定に全力をあげた三好の発想の基点はここにあった。産業革命後、ドイツで無ざんにも自然が破壊された現実を見たこともある。しかし、三好にとっては、環境が破壊されるということは、すなわち環境によって育てられる人間も破壊されるということだった。

三好は、当時、ヨーロッパで興りつつあった植物生態学を紹介し、“Biologie”(ビオロギー)に対して「生態学」の訳語をつけた。明治32年には名著『植物学講義』を出版し、さらには桜の研究にも取り組んで、「桜の博士」と呼ばれてもいる。

三好學は、日本の植物学の黎明期、植物生理学と植物生態学を導入し、近代的な自然科学の中で植物学を見直した最初の人物である。その門下生は植物学だけでなく遺伝学や病理学、細胞学、微生物学など様々な分野で活躍している。

平成14年、二人の日本人がノーベル賞を受賞した。日本の科学技術が世界で注目される土壌をつくったのは、明治時代、科学技術への気運を盛り上げた三好學のような人物だったのである。

取材協力・写真提供:酒井敏雄

参考文献 : 三好 學『桜』(冨山房)/渡辺清彦『三好學伝』/酒井敏雄『評伝 三好 學--日本近代植物学の開拓者』(八坂書房)/岩村町教育委員会『三好 學「授業日誌」解説』(岩村町教育委員会)

[2008年12月2日 公開]

[FUJITSU飛翔 No.48(2003年3月刊)より転載]

著者プロフィール

滝本 喬(たきもと たかし)
1946年生まれ。ライター。著書に『男たちの転機』『授業を変えれば大学は変わる』『柱の太さで家を決めるな!』(いずれも共著、プレジデント社)、『史上最強の家』(ダイヤモンド社)などがある。

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