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世界に比類なき自動販売機を考案した発明家 俵谷高七

自動販売機のルーツは遠く紀元前の昔にさかのぼる。
所は古代エジプトのアレキサンドリア。
ここの神殿にあった「聖水自動販売機」が嚆矢(こうし)とされる。
それから2000年の時を経た明治時代の半ば、この自動販売機を作ろうとした男がいた。
当時、世界にもない高度な機能を持った自動販売機を実現したカギは伝統の木工技術とからくりのワザを駆使した独創性にあった。

余人の思いつかない発想に取りつかれた男

明治という時代は、長い間、人々を押さえつけていた”縛り”がなくなり、庶民の活力と創造力が、一気に吹き出した時代である。この時期に生まれた多くの発明品が、それを裏付けている。

足踏み式の脱穀機、製麺機、謄写版、ガスバーナー、蒸気機関、無線電話機、踏転織機、水車織機、手動式の納涼団扇車……。その技術水準は高くはなかったかもしれない。

だが、人々は、江戸時代にたくわえた木工技術やからくり技術に、西欧から学んだ近代技術を組み合わせ、これらの実用的な発明を生み出した。そこにあるのは発明への情熱であり、近代化に向けた時代の熱気だ。

まさに国中がそうした気分にあふれていた明治の半ば、自動販売機という当時としてはなかなか余人の考えつきそうもない珍しい発明品を考案した男がいた。俵谷高七(たわらやこうしち)である。

九州との窓口、赤間関(現下関市)で指物師(さしものし)をしていた高七が、どうしてこのような突拍子もない発明に取りつかれたのか?

その軌跡をたどると、赤貧に甘んじながらもひたすら発明にのめり込み、新しいモノを生み出すことに没頭した、明治の市井(しせい)の人物像が浮かんでくる。

郵便局の手伝いをしながら発明工夫の才を磨く

俵谷高七は、江戸も末期に近い安政元(1854)年3月、島根県那賀郡濱田町(現浜田市)で、俵谷岩次の三男として生まれた。子供の頃から手先が器用だったらしく、小さい木片を削ったり曲げたりして精巧な玩具類を作っては、近所の人々を驚かせていたという。

その巧みな指先を生かそうと、指物師だった義兄に弟子入りするが、明治17(1884)年、30歳の時に故郷を飛び出し、当時、貿易港として賑わっていた赤間関に転じる。指物師というのは、机や箪笥、火鉢、さまざまな箱類を差し合わせて組み立てる職人で、義兄はかつて毛利藩に仕えたほどの練達の指物職人だった。

その下で修行した高七の”匠のワザ”も、かなりのものだったと想像される。

赤間関に居を構えた高七は、得意の指先を生かし指物師として生計をたてる。その一方、地元の赤間関郵便電信局で、室内用の簡単な運搬機械や、銀貨や銅貨を包む器具などを作って発明の才を磨き、重宝がられていた。

その高七が、一念発起、自動販売機を考案し、世人を驚かせるに至るきっかけは何だったのだろうか?

一つ、考えられるのは、赤間関に移って一年後の明治18(1885)年に公布された「専売特許条例」だ。産業振興のために高橋是清が起草したこの条例をもって、日本の特許制度はスタートするが、何とその年だけで420件もの出願が殺到。翌年にはさらに増え1380件の出願があった。

この制度を待っていたかのように、人々は多数の発明を考え出し、競って特許出願をしたのである。そうした情報が、動きの激しい赤間関にいた高七の耳にも入ったことは想像に難くない。

また、この頃、殖産工業の旗印の下、上野公園で内国勧業博覧会が開催され、多くの発明品が出品され、ちまたの話題になっていた。高七が「オレもやってやろう」と密かに野心を抱いたとしても不思議ではない。

先端技術に生かされた指物師のワザと感性の妙

実際にその苦心の労作を完成させたのは、明治21(1888)年である。赤間関に出て4年がたっており、高七は34歳になっていた。

「狭い仕事場で夜遅くまでろうそくの灯を頼りにノミなど大工道具を使って、こつこつと余念なく作業にいそしんだ」と下関市所有の資料にはある。当時、下関には電気が通じていなかったので、ろうそくの灯がゆらめくほの暗い部屋で、一心不乱に知恵を働かせ、工夫を凝らしたものと思われる。

さっそく特許出願し、10年の特許を与えられた。その特許明細書には「此発明ハ貨幣ヲ受取リテ煙草或ハ其他ノ物品ヲ自動販賣ス」と書かれている。

高七の自動販売機が注目されるのは、欧米で考案された自動販売機にもない高い機能を持っていたことだ。やはり特許明細書を見ると、この自動販売機の目的は二つあると記している。

「第一 通貨ニ比シ寸法重量ヲ異ニスル偽貨ヲ差入ル丶モ物品ヲ差出サヾルコト」「第二 物品盡(つ)キタル際ニ入レタル貨幣ヲ返戻スルコト」というわけで、要するに偽通貨を使っても品物が出ないスラグ・リジェクター(偽貨排除)と、売り切れの時には硬貨が戻ってくるコイン・リターンの装置が内蔵されていた。

この二つは、自動販売機の要件だ。問題はそれをどうやって実現したか、そのメカニズムである。

特許明細書には簡単な設計図が添付されているが、基本的には木箱の上部に付けられた穴から硬貨を入れると、レールの溝を伝わって下に落ち、それを天秤のような秤で受ける。ここで硬貨の重量と形状をチェックし、正貨であればロックが外れて歯車などが作動し、品物を受取口に押し出す仕組みである。

品切れになった時や偽の貨幣が投じられた時には、いったん天秤の秤で受けた後、そのまま別の溝に落ちて、外に出てくるようになっている。

現在なら自動装置は電動だが、俵谷式自販機は、伝来の木工技術を駆使して、動力をつくりだしているところに大きな特徴があった。木材を丁寧(ていねい)に削り、あるいは叩いて、何度も実験を繰り返し、うまく作動するように手作りで組み立てている。すべてを決めるのは、指物師としての感性の妙である。

欧米より進んだ先端技術の自販機を、江戸時代の「からくり」にも通じる伝統のワザで形にしたところに、俵谷高七の独創があった。


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