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業種・業態 現状の課題と今後の取組
第10回 ビルメンテナンス業界の現状と今後

中小企業診断士 江藤 新一


1. ビルメンテナンス業界の現状と課題

(1)市場動向と参入企業

ビルメンテナンス業とは、各種建築物の設備の運転管理、設備・施設保全、環境整備、安全確保等を図るサービス業です。例えば、ビルディングにある「総合監視室」のような名称の部屋でテレビ・モニターや計器類を監視しながら、建物の異常をキャッチしたり、定期的に巡回、点検を行い、記録を維持するといった業務を中心に、ビルへの不審者・不審物を防御したり、緊急時の対応を図る警備業、ビルの環境整備、清掃を行う清掃業、駐車場の管理といった業を含んでいます。総務庁統計局の「事業所・企業統計調査」では、こうした範囲の業種を「建物サービス業」として捉え、平成13年の調査では、全国で20,900箇所の事業所が存在し、従業員は744,449人となっています。

市場規模は社団法人全国ビルメンテナンス協会の調べによれば、平成16年で3億5千万円/年(前年比0.8%)となっており、成長率は低いですが少しづつ成長している業界といえます。

図1 ビルメンテナンス業界の売上規模(社団法人 全国ビルメンテナンス業界調べ)

参入企業の多くは、多くが中小企業であり、ビルの集中する大都市(首都圏、近畿圏等)に多数存在します。従業員構成は職種にもよりますが、正社員(常勤従業員)は約50%程度であり、これらは後ほど説明する、ビルメンテナンスの専門資格を保有した階層が主体です。一方、パートアルバイト、嘱託といった臨時雇用も清掃業務や監視業務を中心に就いています。
元々、ビルや工場を所有する法人が大企業である場合、自前で「営繕係」、「保全係」、「警備係」といった部署を置いていました。しかしながら、バブル崩壊後の環境の変化からこうした間接部門がアウトソーシングされ、子会社として再編されビルメンテナンス会社に請負委託する傾向が進みました。先の「事業所・企業統計調査」によれば、昭和61年の事業所数が約1万件であったことから見て、20年弱で約2倍の事業所数になりました。

当業界の参入企業は、独立専門のビルメンテナンス業の他に、大企業の関連会社が多く存在しています。こうした大企業系列の関連会社は、親企業を主要な顧客としている一方、親企業からの経営資源の供給を受けて安定してきました。しかし、ここ最近の状況を見ると、独立専門系には、ビルメンテナンス業以外からの異業種(清掃、警備会社等)の参入も増えてきています。一方大手企業系列の関連会社も独自のサービスを開発し、親会社以外への参入を狙っています。或いは大手企業内にも独立専門系が参入しています。このように業界内は急速に競争環境が激化している状況です。

さらに、ビルメンテナンスと一言でいっても、図2に見る通り、多岐の機能を担っています。

図2 ビルメンテナンス業界のイメージ

一つの企業だけで複合的なサービスを提供することは難しい面もできています。このように、厳しい競争環境や複雑化する顧客ニーズに柔軟に対応していくことが、ビルメンテナンス業としての生き残りを左右するといえます。では、実際にどのような課題と対応があるのかいくつかの切り口で検討していくこととしましょう。

(2)複雑化する機能への対応

ビルメンテナンス業といっても大変複雑で多岐に亘っています。ビルに付随する主な設備とこれに関連する業務及び関連法規、関連資格の関係を略図にしたものが、図3です。

主要設備   運転管理業務 点検

検査業務
改修業務 日常清掃業務 定期清掃業務 使用量測定等 関連法規類 関連資格
電気通信設備の管理 受変電設備   電気事業法 電気主任技術者
(第1種、2種、3種)
電気工事士
(第1種、2種)
屋内配電設備        
照明設備    
非常用発電設備    
電話・ネットワーク設備    
その他電源設備  
ガス設備 ガス設備   高圧ガス取締法  
コージェネレーション  
空気調和設備 空気調和装置   高圧ガス取締法
労働安全衛生法
ボイラー技師
(特級、1級、2級)
冷凍機械責任者
(第1種、2種、3種)
冷却塔      
冷凍機    
ボイラ  
ブロア(送風機)      
ダクト(送気管)      
給排水・衛生設備 貯水槽設備       水道法
ビル管理法
水質汚濁防止法
浄化槽法
 
上水設備    
下水設備    
雨水利用設備    
井戸・湧き水設備    
排水設備      
トイレ設備    
浴室設備    
厨房設備    
消防用設備 警報設備     消防法 消防設備検査資格者
(第1種、2種)
危険物取扱者
消防設備士
消化設備      
危険物保管設備      
避難設備      
昇降設備 エレベータ   労働安全衛生法  
エスカレータ  
警備設備 監視装置     警備業法 機械警備業務責任者
警報装置    
入退場管理      
建築設備 天井・壁・床・窓等     建築基準法労働安全衛生法  
居室    
躯体等        
防火設備      
駐車場設備    

○:主な業務がある。(但し、状況に応じて空欄においても発生することはある)

図3の特徴的な点は、ビルメンテナンスには多様な法律上の規定があり、各種官公庁の定期点検報告、記録の維持、指導への対応を行っているという事です。またこれに付随した専門家を認定する資格制度が多岐に存在します。一般にビルメンテナンス業に従事する人はこうした資格の取得が推奨されます。その他上記以外にもさまざまな資格が用意されています(図4)。

図4その他の資格概要

従って、ビルメンテナンス各社は、自社の強みをアピールする場合にこうした専門資格取得者の人数等を掲示することが多くあります。採用時にはこうした専門資格の有無や、経験度合が重視されます。また育成時においても業務遂行能力を高めるのみならず、専門資格の取得が推奨されます。また、賃金においても資格手当をつけたり、受験料を初回までは会社で負担したり、受験日を勤務日扱いとする傾向が強いです。この点については、後ほど詳しく説明します。

(3)業界のSWOT分析と今後の業界戦略

以上のようなビルメンテナンス業について業界の強み(S)、弱み(W)、市場の機会(O)、脅威(T)から整理すると図表5の通りとなります。

図5 業界のSWOT分析

[1]オフェンス(攻撃)的戦略

業界の強みとして、「人」の強さが上げられます。専門的な技術保有者が多岐に亘っているだけでなく、勤勉で質の高い人的能力を有しています。地味な職場環境ではありますが、資格取得に積極的にチャレンジし、トラブルにも粘り強く対応します。現場における仕事の姿勢は几帳面で責任感が強く、仲間意識を持ち、人間関係を大切にする職場を形成する傾向が高いです。「きつい、きたない、きけん」といういわゆる3Kの職場であっても、職場の所長と所員が手を取り合って業務に日夜励んでいます。この強みを積極的に活用して「顧客の不安を解消するサービス」を確立しています。多様化した顧客の要求に対して、今までの地に足ついた経験とノウハウを結集して、お客様の視点に立ったビルサービスを積極的に提案できるかが勝負です。
例えば、ビルのエネルギーコストや電話代、修繕費等は顧客にとっては判りにくい世界です。こうしたコストに対し、専門的な知見でメスを入れ、いかにすればコスト削減が実現できるか、さまざまなアイデアを出し合います。また、リスクという観点で、例えば、電気系統の送電を複合化したり、太陽光発電、風力発電、コージェネレーション(ガスエネルギーによる自家発電)といった複数の資源で分散を図り、リスクヘッジを実現させます。或いは非常用の代替電源を提案したりします。有害物質に不安を覚える顧客に対して、専門的な見地で診断を行い、改善案を提案していきます。複雑化する法的規制や要請に対しても専門的かつ経営的視点からのアドバイスを行っていきます。ある電鉄系の企業は、ビルという範囲ではなく、沿線の地域の安心・安全を守るという展開を志向します。
いわば、従来の電気、衛生、空調といった技術的、法的な専門的見識の経験を顧客の視点でどのようにアレンジして提案力に換えて行けるかが、勝負といえます。
このようにチャレンジしていくことで、業界のイメージを刷新し、魅力ある職場作り、強い価格交渉力が実現するといえます。

[2]ディフェンス(防御)的戦略

専門家の集まりゆえに、ともすれば「井の中の蛙(かわず)」になってしまう傾向もあります。また、新しい設備・技術が次々と登場しますが、次第に業者任せになってしまう事も考えられます。ビルの管理といいながら、さまざまな専門業者の選定を行うような業務に甘んじ、いつのまにか、「手配師」のような業務がメインになってしまう可能性もあります。

この課題に対応していくには、これからのビルメンテナンス業のあるべき方向性をしっかりとプランニングして、これを経営理念、経営方針として全社で共有化することが大切です。たとえば、「当社は環境にやさしい企業を目指す」とか「資産価値の向上を実現する」「ファシリティ・マネジメント(注1)の概念を活用する」といったスタンスを示し、その為の具体的な行動指針、行動目標を設定していくのです。

その為には、日々の点検や監視、運転管理という業務を「リスク=課題の発見」という位置づけで再規定し、常に緊張感を持って励めるように業務プロセスの意義を問い直します。巡回して発見した異常現象を単に事後的に対応するのではなく、「なぜそうした異常が起きたのか」と常に問い続け、点検結果や監視結果から傾向値や一定の法則を導き出し、予測していくこと、いわゆる「予防保全」(注2)の考え方が重要です。

(注1)ファシリティ・マネジメント
社団法人日本ファシリティマネジメント推進協会によれば、「アメリカで生まれた新しい経営管理手法」であり、「経営にとって最適な状態(コスト最小、効果最大)」で「業務用不動産」を「保有し、使用し、運営し、維持するための総合的な管理手法」ということです。
つまり、保有する施設・設備を単に維持・保全するだけではなく、改善して高めるという考え方といえます。ビルメンテナンス業にとり、こうした考え方は従来の事業ドメイン(範囲)を広げ、付加価値を高めることにつなげると考えられています。

(注2)予防保全
予防保全は事後保全に対して用いられます。事後保全は異常が確認された後に修繕を行うものでありますが、予防保全は日々の点検等で未然に異常の発生を認識して、早期に回復措置を取る事で、事故発生を未然に防止し、修繕費の削減や設備効率の向上を目指すものです。

2.今後の業界の方向性

(1)ビルメンテナンスの価値を明確にする方針の確立

以上見てきたように、ビルメンテナンス業は単なるビル施設の保守、維持だけではなく、複雑化する顧客ニーズに対応して事業の範囲を広げつつあります。図6はこうした傾向を示しています。

図6 ビルメンテナンス業の拡大

日々の運転管理業務、巡回・監視、清掃業務を通じて取得したさまざまな情報(異常現象、不具合、ヒヤリハット)の情報をデータベース化して、そこから傾向分析を行い、予防保全の考え方でリスクを早期に発見し、ビル自体の寿命を延ばします。一方、ビル運営自体の業務を標準化し、効率化とコスト削減を進め、保有資産である不動産自体の活用度を高めます。
こうした方針をビルメンテナンス会社の一貫した方針であるという事を打ち出す事も必要です。

(2)専門家人材を開発する仕組みの確立

先のビルメンテナンス業の特質でも触れた、専門資格を取得する事を奨励する業界であるという点に鑑み、社内の人事制度として、どれだけ専門家人材を開発していけるかという点が重要です。そのポイントをいくつか指摘します。

[1]キャリアプランの明確化

キャリアプランとは、日本語に翻訳すれば「生き様(いきざま)」です。従業員が雇用され、業務経験を通じてどういった人物になるか、自らの意思で決めるというものであります。高度な専門資格を取得するだけでなく、現場経験をバランスよく積みながら、使える資格者となることが重要といえます。企業は従業員が自らの意思でキャリアプランを描き、将来設計の見通しができるように環境を整えていく事が強い人材を社内で育成することにもつながります。

図7 キャリアプランの例

図7は縦軸に技能・資格要件を、横軸に経験年数としています。基礎レベル段階においては、3年から10年程度で電気・空調・衛生・建築といった業務分野を万遍なく対応できるような育成期間とします。中堅レベルでは、専門能力を高めるほかに、マネージャーとしての部下育成や労務管理面も付加します。高度専門資格レベルでは、当該企業の求める専門領域の人材を育成するといったものであります。上記はビル運転管理を中心としたものですが、こういった考え方で「警備(セキュリティ)」、「清掃(ビルクリーニング)」、「資産管理」といった分野にも適応します。

[2]資格取得へのインセンティブの付与

多くのビルメンテナンス会社では、公的資格を取得した場合に、「資格手当」といった金銭的なインセンティブを与えています。例えば、二級ボイラー技師を取った場合には、1,000円、第一種衛生管理者の場合・・・円といった具合です。資格を取得すれば賃金が増えるので、一般従業員は意欲的に資格取得に励み、戦力の向上にもつながります。但し、資格手当は通常一般職までが相当であり、マネージャー以上の場合には成果によって処遇する傾向が強くなるのでこうした手当は付加されない事も多くあります。いずれにしても企業の取るべき戦略に応じて、資格手当の金額、資格の範囲、対象者の範囲を決定します。
また、資格取得にかかる受験料を2回程度まで会社で負担したり、勤務日の場合も2回程度までは出勤扱いとしたりする会社もあります。さらに受験勉強に必要なセミナー、通信講座を会社で斡旋したり、学費の半額補填等を行うものもあります。
さらに多くの事業所では所員の取得した資格を一覧で掲示し、取得への意欲を日々喚起する事も多く、会社案内やホームページでも資格取得者の人数を掲載しています。
但し、留意点としては、資格取得に邁進する余り、現場の業務をおろそかにしてしまう事の無いように注意しなければなりません。例えば、24時間監視業務で宿直をしている時に、資格の勉強に打ち込む余り、肝心の監視業務を怠るようでは何にもならないという事です。この点は管理者が指導を徹底する他、就業規則等でもルールを定め周知を図る事が重要といえます。

[3]業務改善、標準化の促進

ビルメンテナンス業務は経験がとても大切な業務でもあります。メンテナンスの対象となった機械や設備は、それぞれ人間と同じように「くせ」を持っています。日々の点検によってその「くせ」を認識し、しかるべき初動が求められます。機械というモノだけでなく、異常の傾向を顧客に伝え早期に対策を取る様に働きかけを行うヒューマン能力や、専門の請負業者の職人に対し細かい指示を出し、管理監督するマネジメント能力も必要です。こうした業務は標準化が難しく、人に依存してしまいます。それゆえ、担当者にとっては、満足感が得られる仕事ではあります。しかし、人に依存をする事によって、その人は、その持ち場を動けなくなり、新しい経験が積めなくなります。その従業員にとっても会社にとっても機会ロスや人材の損失となります。従って、いかに業務を標準化していけるかがその企業のノウハウとなり強化の源泉となります。
標準化に当たっては、日常業務の手順を文書化します。手順書ではなく、日々活用している記録様式を工夫して漏れなく業務遂行ができるよう工夫することも重要です。改善を行った担当者に対しては一定基準で表彰し、社内の発表会等を企画して意識を喚起することも有効です。ISOの認証取得につなげたりする事も改善のきっかけや維持の手法といえます。
最近では、ビルメンテナンスの企業を競争見積で入札するケースも増えています。その場合にも業務計画を細かく提出させ、それぞれのコストの明細を記載します。こうした業務計画は、日々の業務が正確に積み上げられ、矛盾なく適切に計画されているかが重要です。

(3)最後に

ビルメンテナンス業務の市場は今後も様々な領域で伸びていくでしょう。とりわけ、企業のみならず、病院、官公署、福祉施設、学校、エリアなど多様化、複雑化する顧客ニーズに対応する機会が増加します。その競争優位の源泉は、「人」の有効活用にあります。それゆえに「人材マネジメントシステム」(人を活用する経営の仕組み)を設計し、有効に機能しているか常に点検をしていく事が問われる業界といえましょう。

著者プロフィール

江藤 新一(エトウ シンイチ)
中小企業診断士 社団法人中小企業診断協会正会員
LLC城東ビジネス総研主任研究員
準大手ビルメンテナンス会社でビル運転管理、人事マネージャー、標準化委員会を経験。
現在は、人材マネジメントを主体とするコンサルタント業務に従事

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