サービスの顧客経験を可視化する方法

サービスへの注目が高まるなか、形が見えず、生産と消費が同時に起こるサービスについては、まだわからないことが多くあります。その一つは、「サービスがどのように評価されているか」ということです。今後は、顧客経験に即したサービス評価法が注目されるようになるでしょう。一方、企業から見たサービス過程はブループリントという方法で表現できます。これによってサービス・プロセスや企業内システムとのつながりを可視化し、サービスの設計・品質管理に役立てることが可能になります。
サービスが顧客満足のカギに
経済のサービス化が急速に進んでいます。高度成長期以降の日本は、主にものづくりによって経済力を伸ばしてきました。ものづくりが今後とも大事であることは間違いありませんが、モノ品質の差異化がますます困難になるなか、コスト競争のなかで疲弊することは避けなければなりません。
こうしたことから、近年は製造業でもサービスを重視しようという動きが盛んになってきています。よく工夫されたサービスの事例やモノとサービスの融合をうまくおこなっている事例に学ぶことが必要だと思われます。たとえ異業種の例でも、「自社に応用できないだろうか」という問題意識を持って、参考にしていくべきでしょう。
サービス研究で世界的に著名なベルンド・スタウス教授によると、アメリカのリッツ・カールトンが1992年に顧客満足・従業員満足を通じた経営品質向上という考え方を実践してマルコムボルドリッジ賞(注1)を受賞したとき、これはドイツの銀行にも応用できると考えたそうです。
しかし、当時はドイツの銀行に話をしても、「そんなのはアメリカのホテル業界のことであって、ドイツの銀行には無関係だ」といった反応だったそうです。
現在、ドイツの大手銀行のほとんどが顧客満足・従業員満足を重視するとともに、サービス品質・経営品質の考え方を取り入れています。
残念ながら、日本には世界に誇るべきサービスの成功企業が多くないのも事実です。日本の代表的なサービス・マーケティング研究者である一橋大学の藤川佳則(ふじかわ よしのり)准教授は、国際化に成功している数少ないケースとして、日本公文教育研究会(KUMON)、良品計画、ブックオフコーポレーションの例を挙げています。金融、医療、観光・レジャーなど代表的なサービス産業では、全体的にまだまだ欧米の水準に追いついていないというのが多くの専門家の見解です。
評価では顧客視点を重視すべき
しかし、そもそも「良いサービス」とはどのようなものなのでしょうか。経営的に成功している企業が提供するサービスをよいサービスと考える、という間接的な定義も可能だろうと思います。しかし、その際も何をもって経営的な成功と見なすかについて、一致した見解は存在しません。キャッシュフロー、利益率、成長性、時価総額など、さまざまな指標が考えられますし、どのレベル以上を成功と見なすか、その分かれ目についてもいろいろな見解があるでしょう。
多くの研究者は、利用者にとってサービス品質が高く、大きな顧客満足を提供するサービスを「良いサービス」と考えています。顧客満足が高いとロイヤル顧客を多く獲得できたり、口コミ効果によって良い評判を確立できたりします。
これを何年も継続できれば、ブランドが形成されます。そして、ロイヤル顧客の獲得と評判効果によって、中長期的には経営的な成功ももたらされると考えられています。ハーバード大学のヘスケット教授などによるサービス・プロフィット・チェーン(注2)として知られる考え方です。
なぜ、利用者が評価しなければならないのでしょうか。それは、利用者の評価と提供企業による自己評価は異なっていることが多いからです。
近年、アメリカで300社以上の企業とそのサービスに関しておこなわれたある調査によると、顧客が「素晴らしいサービスだった」と感じるサービスの割合は8%だったのに対して、「われわれは素晴らしいサービスを提供している」と自信を持っていた企業の割合は80%に達していたそうです。
注目される顧客経験価値
利用者によるサービス評価方法は、学者の国籍に因んでアメリカ型とノルウェー型に分かれます。アメリカ型では、SERVQUAL(サービス・クオリティの略)と言って、サービスを、信頼性、反応性、確実性、共感性、物的要素の5つの要素から評価します(注3)。
ノルウェー型では、サービスを結果品質とプロセス品質に分けて考えます。近年は、アメリカ型とノルウェー型双方の考え方を統合する試みもおこなわれています。
一方、最近はサービス評価に限らず、顧客経験に対する注目が高まっています。これは、顧客接点に沿ってサービス過程をたどるとき、利用者はどの時点でどんな感情を抱くかに注目する考え方です。
ここでは顧客経験の考え方を取り入れたサービス評価法の一例をご紹介します。
利用者がサービスに感じる価値(知覚価値と言います)は、感じられる利便性(知覚便益と言います)が大きいほど、また感じられるコスト(知覚コストと言います)が小さいほど大きくなります。
また、知覚便益は各時点の顧客経験価値が合成されて決まることになります。そして、最終的に決まる利用者の知覚価値が再利用意図など、ロイヤル顧客になるかどうかを決めることになります。

利用者の顧客経験を管理しようとする考え方をCEM(Customer Experience Management)と呼びます。CEMの考え方はしばしばCRM(Customer Relationship Management)と比較されることがあります。CRMは顧客の購買履歴など、利用者の行為を管理しようとしているのに対して、CEMは感情に注目するものです。
特に、サービスは体験として評価されることが多く、CEMの考え方は今後さらに重要視されるようになると思われます。
多くの経営者や実務家の間では、CEMのような考え方が経験的に重要だと思われていますが、顧客経験に関するデータ収集や研究手法が確立されていないため、学問分野としての研究蓄積は多くありません。今後に期待される分野ということができます。
サービス・ブループリントによるプロセスの可視化
提供企業側から自社のサービスを評価する方法はないのでしょうか。サービス・マーケティング研究者であるビットナーは「サービス・ブループリント」と呼ばれる方法を提唱しています。これはサービス・プロセスの全貌を可視化することを目指したツールと言うことができます。
ここでは、サービス・ブループリントの考え方について説明します。
まず、顧客経験の流れを考えます。たとえば、コールセンターに問い合わせをおこなう顧客経験を考えると、以下のような流れが典型的なものです。
- 問い合わせ先番号を探す
- 電話をかける
- ID入力・メニュー選択
- オペレーターにつながる
- こちらの問題を理解してもらう
- 回答をもらう
- その後のやり取り
- 挨拶をして電話を切る
この顧客経験の流れはあくまでも顧客の視点から描かれなければなりません。次に、サービス提供者(コールセンターの場合ならばオペレーター)とのやり取りについて検討します。
さらにその次には、顧客から見えない作業について考えます。コールセンターであれば、オペレーターが顧客情報を確認する操作や監督者(スーパーバイザー)とのやり取りなどです。
最後に、各種システムやデータベース群との関連を考察し、サービス・プロセスの可視化が完成します。このサービス・ブループリントでは、顧客経験が「主」であり、システムは顧客経験をサポートする「従」の関係にあるということです。

サービス・ブループリントは上記に述べたとおりですが、さらに、顧客経験の各ステージにおいて、「顧客がどんな要素を評価しているのか」、そして「各ステージの評価がサービス全体に対する評価にどの程度影響しているか」、といった調査結果を合わせて考えることにより、サービス・ブループリントはサービス設計・品質管理の強力なツールとして用いることが可能になります。
サービス・ブループリントの適用例として挙げた、コールセンターのケースで、評価要素やウェートを考えてみます。
初期、前半、中盤などに分けて顧客経験を考えると、たとえば初期はオペレーターに電話がつながるまでになります。このとき、利用者が重視する要因(評価要素)は、富士通総研の調査によりますと、「そもそも電話がつながるか」、「ID入力やメニュー選択が面倒でないか」の2点になります。
また、この時点の評価は知覚便益の12%を説明しています。前半は、オペレーターが問題を理解するまでになり、オペレーターの知識・理解力が評価要素になります。また、知覚便益全体への影響力は21%です。これ以降のステップについても同様に、評価要素とウェート(知覚便益への影響力)を考察していきます。
これは、最近の調査結果に基づくものですが、まだ検討の余地は大きいと言えます。しかし、日本のサービスは主に勘と経験によって設計・管理されてきており、こうした試みがあまりなかったため、今後有望な方法と言えるでしょう。

富士通総研経済研究所では、顧客経験に基づくサービス評価やサービス・プロセスの可視化といったテーマについて、ビジネスに役立つ知見を発見すべく研究に取り組んでいます。ご興味がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
用語解説
- (注1)マルコムボルドリッジ賞とは :
- Malcolm Baldrige National Quality Award。米国における経営品質の最高賞とされ、TQM(トータルな経営品質)の考え方に即して、優れた経営をおこなっている企業に授与される。生産性向上、ベストプラクティスの普及などを目指し、1987年に創設された。
- (注2)サービス・プロフィット・チェーンとは :
- 顧客・従業員・製品&サービスがどのような関係を築けば企業の利益向上や発展につながるかを示すモデルのこと。従業員満足が顧客満足を生み、それが顧客のロイヤリティーにつながっていく。そしてロイヤル顧客こそが最終的な企業利益の源泉になると考える。
- (注3)SERVQUAL(サービス・クオリティの略)とは :
- サービス(Service)と品質(Quality)を組み合わせた造語で、サービスの品質測定の1つの方法。パラスラマン、ザイタムル、ベリーという3人の経営学者が1988年に提唱した考え方。本文中に示した5つの要素の加重和によって各サービスを総合的に評価する。
[2008年10月1日 公開]
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