メッセージ
富士通のデザイナーの皆さんへ
1968年のクリスマスイブに月の軌道を回るアポロ8号から送られてきた、宇宙の闇に浮かぶ青く美しい小さな惑星「地球」の写真を見て、多くの人はその5年前にバックミンスター・フラーがその著書の中でいみじくも名付けた「宇宙船地球号」の意味を、理屈ではなくイメージとして実感した。それは、まさに悠久の宇宙空間にひとりぽつんと置かれた幼児のように頼りなくいとおしいもののように思えたし、それが自分達のかけがえのない住みかであるということは何という幸運かと、心から感謝せずにはいられないくらい美しかった。
半世紀足らずで地球は随分変わってしまった
その当時、地球の大気中の二酸化炭素濃度は320ppm程度(現在約380ppm)で、タンザニアのキリマンジャロは万年雪を頂いていたし、南極もグリーンランドも氷河に覆われ、地球温暖化に関するさしたる兆候も見られなかった。あの頃地球環境システムのメカニズムと人間の経済活動との因果関係に気づいていれば、現在進行しつつある事態は防げたのだろうか。しかし、その頃はまだ、環境問題といえば公害問題であり、地域の住民の健康と自然環境が守られれば良いと考えられていた。そもそも、当時の世界人口は30億人程度で、その後40年足らずで倍増する(現在65.5億人)などと誰が予想できただろうか。
いずれにせよ、われわれが唯一の住みかとするこの地球の環境に、現在容易ならざる事態が進行しているのは現実であり、その原因の多くの部分がわれわれ自身の生産活動、経済活動、社会活動ひいては生活そのものに起因していることは動かしがたい事実なのである。
デザイナーは責任を果たしてきたか
こうした状況に対処するために、ここ数年間、欧米と並んで日本の研究者や技術者も最大限の努力を払い、大きな成果を上げてきた。中でも日本の先駆的企業の多くが製品のライフサイクルを通しての環境負荷を可能な限り少なくする技術を開発し、製品開発に応用することで商品の環境効率を大幅に高めることに成功してきた。
果たしてこの過程で、われわれデザイナーも彼らに劣らず努力し、生産にかかわる者としての責任を果たしてきただろうか。製品の環境効率を高めるための国を挙げての取り組みに対し積極的に協力し、職能としての責務を全うしたと言えるだろうか。国連の依頼で世界で初めてエコデザインの体系をまとめたのがオランダのデルフト工科大学でインダストリアルデザインを学ぶ大学院生たちを中心としたチームだったことを考えるにつけ、果たしてわれわれが仲間達の熱意をきちんと引き継いできたのか、はなはだ心もとない。
環境対応技術のなしうる限界
さて、1997年に多くの国々が合意した京都議定書に明記されたわが国の二酸化炭素など温室効果ガスの削減目標は、2008年から2012年までの目標期間までに1990年を基準年として6%の削減であった。しかし、この10年近くのあらゆる技術的成果にもかかわらず実際には8%増加しているのである。その原因はいろいろと考えられるものの、基本的には資源・エネルギーの消費が増えているからで、つまりは製品の環境効率がいくら高まっても、それを超える勢いで消費が増えているのである。
この事実は、温室効果ガスの削減に限らず、地球環境の悪化を食い止めるために技術がなしうることには自ずと限界があることを示している。仮に省エネ効率が2倍の高性能エアコンが開発され、電気代も安いことからヒットし、結果的に今までの2倍のエアコンが使われたとすると環境に与える負荷は大幅に増えてしまうことになる。一方、省エネ型のエアコンを買う前に建物の構造を改善し、あるいは風通しの良い部屋に引っ越して、なるべくエアコンを使う時間を少なくする準備をするならば、間違いなく環境負荷の低減に寄与できるはずである。このように人の心理や価値観にまで踏み込んで、生活様式や消費行動に変化を与える可能性があるのは、技術開発よりはむしろ、生活提案を含むデザインによってである。
サステナブルデザインというチャレンジ
今後何世代にもわたって続けてゆける安定した社会、つまりサステナブルな社会を可能な限り早く実現することこそが21世紀最大の世界的なプロジェクトである。そしてその成功の鍵を握るのが、人ともののかかわり方を根本から見直すサステナブルデザインだと私は信じている。その推進に貢献できるチャンスが今われわれの目前に開かれている。大手メーカーという巨大な生産システムと、何億人という生活者を擁する世界市場と直接的にかかわる位置にいるデザイナーにとって、これ以上チャレンジングなテーマも絶好のタイミングもないではないか。
デザインは社会に貢献できるか
ビクター・パパネックは名著”Design For The Real World”の冒頭で次のように書いている。「インダストリアルデザインほど有害な職業は他にない。いんちきくさいことにかけては更にひどいのが広告デザインだ。人々を説き伏せ、持ってもいない金で、見向きもしない他人に見せびらかすために、必要ないものを買わせる、今日最もいんちきくさい業界だろう。そんな広告屋に乗せられて安っぽいキンピカのくだらないものをでっち上げるインダストリアルデザインだってほとんど同罪だ。」
私は30年以上にわたってインダストリアルデザインの世界に生きてきたものとして、学生時代に読んだこの言葉を常に戒めとしてきた。実際、デザインは市場での競争に勝利することや、企業の短期的な売り上げに貢献すること以外に、社会に対してなしうることはないのだろうか?パパネックはそうは思わないからこそあえて苦言を呈したのだし、私も決してそうは思わないからこそこの世界にとどまってきた。
このガイドブックは、富士通のデザイナー、中でも商品の企画開発に関わるインダストリアルデザイナーに向けて書かれたものである。世界中見渡してもあなた方の前を走る者はほとんどいない。この小冊子を手がかりにして果敢に道を切り開いていっていただきたい。あなた方の会社は世界有数の環境先進企業として、きっとその活動を支援してくれるに違いない。幸運を祈ります。
2006年12月
サステナブルデザインガイドブック監修
東京造形大学 教授
エコデザイン研究所 所長
益田文和
